【テクニカルレポート】IT業界における人材育成の状況と将来展望(後編)……ユニシス技報 | RBB TODAY
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【テクニカルレポート】IT業界における人材育成の状況と将来展望(後編)……ユニシス技報

エンタープライズ その他
図4:モチベーションと生産性
  • 図4:モチベーションと生産性
  • 表1:モチベーションを向上させる三つの方法
  • 図5:プレッシャ(ムチ)と生産性
  • 図6:ワークプレースラーニング
3.2. OJTの機能不全とその原因

 IT技術者の成長にはOJT が有効であるといわれており、企業はOJT を人材育成の中心において実施している。OJT が機能するためには、トレーナ側の意欲、育成スキル、時間的余裕、経験とトレーニ側の学習意欲が前提になる。しかし、近年はそれがいくつかの要因で困難な環境になっている。以下に、OJT を機能不全にしている三つの原因を挙げる。

 一つめの要因として、近年多くの企業で採用されているプロジェクトセントリックな要員編成からくる弊害がある。かつては、組織として存在したものが、業務効率化のため、プロジェクト開始時に要員が集められ、プロジェクトが終了すると解散する組織編成方式が、プロジェクトの規模が大きくなればなるほど採用されることが多い。組織としてある程度長いスパンで組織要員の育成を考えることのできた時代と異なり、当該プロジェクトを成功させることが最優先使命となったことで、そこでは人材育成に対する意欲は失われる結果になっている。また、プロジェクトの生産性が厳しく評価されるため、トレーナの時間的余裕はなく、またトレーニへ割り当てられる業務も、育成のための業務アサインメントではなく、プロジェクトメンバとしての業務アサインメントになっている。つまり、学ばせるための業務アサインメントではなく、仕事を与えておくことが学習だとするアサインメントである。これでは、人材は育ちにくい。

 二つめの要因は、トレーナ側の育成スキルである。トレーナが育成意欲をもって育成のための時間を捻出し、育成を行うことができたとしても、育成スキルの問題がある。これは、過去からも同じ問題があったが、具体的な施策が実施されてこなかったこともあって近年喫緊の課題として顕在化してきている。かつては、「育っていた」が、「落ちこぼれ」もいた。IT技術者の大量採用の時代には目立たなかったものが、少人数を大切に育てなければならない昨今では大きな問題になる。誰もが、学校教育を受けてきており、どんな形式、形態、方法であれ教わった経験がある。そのため、該当業務分野の知識と経験があれば、誰でもトレーナができると考えられており、人材育成に関する教育が行われないまま、トレーナになるケースが多い。学校の教育は、教えたいことを覚えさせることが中心である。一方、OJT では、教えないで気づかせ、自ら学ばせる工夫をすることが実は重要である。しかし、長い学校教育の経験で染み付いた、教育イコール知識の移転だという概念でOJT を行っているトレーナが多い。逆にOJTという名の放置という言葉もあるように、何もしない、あるいは何もできないトレーナもいる。メインフレーム全盛の時代は、アーキテクチャや技術がある程度固定されていたため、トレーナである先輩のほうが、多くの場合、経験や技術で上回っていたが、昨今の技術の進展でそれは危うくなっており、トレーナとトレーニの関係が成立しにくくなっている。

 三つめの要因は、トレーニ側の学習意欲の問題である。同じ育成プログラム、同じ経験をさせても育つ人と育たない人がいる。この差は、アサインされた業務に対する意識の差そのものであり、これが学習意欲の問題である。その業務が自分のキャリアの中でどのような位置づけになるのかを意識して、それを自分のキャリアの中での必然に変える考え方(Planned Happen Stance Theory)ができる人は育つが、逆に、「自分の目指す方向とは違うので適当にやっておこう」と考える人は当然のことながら育たない。

 このように、OJT を機能不全にしている要因は、IT 業界の経営環境に結果的に依存してしまう要素が大きく、従来のOJT の考え方での工夫や改善だけでは解決が困難である。新たな視点による現場での学びの場の仕掛け作りが必要である。

3.3. モチベーションと生産性

 企業が人材を育成するのは、各人が発揮する能力(生産性)を高めるためである。そのために、企業内研修や自己啓発の奨励によって「知識」を獲得させ、経験を積ませることで「知恵」を身につけさせ、実行力を強化する。しかし、同じ知識、知恵、実行力を持った人でも、おかれた場や組織によって、実際に発揮される能力が異なってくる。すなわちモチベーションが能力に大きな影響を与えていると筆者は考える。知識、知恵、実行力、モチベーションと生産性(発揮される能力)の関係を図4 に示す。

 モチベーションが高くなったり、低くなったりするのは、各個人の特質もあるが、最も大きな影響を与えているのは、組織の置かれた環境や組織の雰囲気といった組織風土であろう。さらに、組織風土に最も影響を与えるのは、その組織のマネジメントのかかわりである。

 ダニエル・ピンクは「モチベーション3.0(原題:Drive)」にて、モチベーションを向上させる方法は三つ(表1)あるとし、それを人を動かすための基本ソフト(Operating System)と述べている。

 組織やプロジェクトでは、プレッシャ(ムチ)を増やせばモチベーションが上がり、最大限のプレッシャをかけなければ最大限の生産性は得られないと考えている人は多い。すなわちモチベーション2.0 の方法である。組織やプロジェクトのメンバはこのような発想はしないが、管理者はこのように考える傾向がある。実際には、プレッシャ(ムチ)と生産性の関係は、図5に示すようになると考えられている。

 知識労働者で構成された健全な組織の場合、アサインされた業務を完成させることの満足感、達成感が、動機づけになっており、自ら生産性を高めようという意識、つまりモチベーションが存在する。そこにプレッシャをかけると、残っているわずかな無駄の削減や逆に長時間労働という行動によって短期的には生産性があがる。しかし、さらにプレッシャを強めると、急激にモチベーションが低下し生産性は落ちていく。中長期的な影響も大きく、アサインされた業務には無駄とした時間、例えば後進の育成や組織内でのコミュニケーションの時間を削減することとなり、結果的に人材の流出や士気の低下をまねくことになる。

 知識労働者で構成された健全な組織の場合、元来モチベーションは高いと述べた。しかし、長期間にわたり過大なプレッシャをかけられた結果、ストレスの蔓延した組織では、人はプレッシャをかわすためにみせかけのやる気に走るようになる。不要不急な作業を作り、集中力のない非効率な長時間労働を行い、忙しいという言葉を連発する見せかけだけのやる気の演技者になる。このような組織やプロジェクトの管理者は、メンバのモチベーションを向上させようと「モチベーション2.0」に基づいた努力をしていることが多いとされる。元来モチベーションは高いという立場にたち、自ら生産性を高めようとする意識であるモチベーションの維持を阻害している要因を取り除くことに最大の関心を払うべきである。

4. IT業界における人材育成の方向性の提言

 これまでIT 業界での人材育成におけるいくつかの課題とその原因を考察した。IT 技術者が自律的なプロフェッショナル意識を持ちにくい環境、OJT が有効に機能しなくなっている環境、育成を考えた要員配置がしにくい環境、誤ったモチベーションマネジメントなど、人材の育成を阻害している要因を指摘した。本章では、これらの課題の解決策について提言する。

4.1. プロフェッショナルとしての自律とプロフェッショナルコミュニティ

 IT のプロフェッショナルは、いろいろな場に存在している。ユーザ企業やIT ベンダ、大学や研究・教育機関、あるいはIndependent Contractor と呼ばれる独立したプロフェッショナルなどである。いろいろな立場、見識や所属はあったとしても、プロフェッショナルは、自律的に社会の中における個としての責任を果たしていくことが求められる。その責任を果たす中で、社会的認知を高めていき、社会的な地位と報酬を獲得する。今IT 業界にもとめられているのは、こうした自律したプロフェッショナルである。

 プロフェッショナルの定義にはいろいろあるが、IT のプロフェッショナルについては、ISO/IEC 24773(2008)による以下にあげる定義がある。

・該当するプロフェッショナルの知識、スキル及び果たすべき業務が、プロフェッショナルコミュニティにおいて定められていること
・責任性、複雑性、権限等に関するレベルが明確になっていること
・これらのコンピテンシ及びその評価方法が明確になっていること
・経験又は学歴の最低条件が明確になっていること
・プロフェッショナルとしての行動規範(Code of ethics)が定められていること
・認定制度がある場合は、その認定の更新、維持制度が定められていること

 ISO/IEC 24773(2008)は、世界各国のIT プロフェッショナルの認定制度の相互認証を行うための国際標準であり、日本からも標準化活動として積極的に参画してまとめ上げられたものである。この中に、プロフェッショナルとプロフェショナルコミュニティとの関係が説明されている。また、プロフェッショナルとしての認定制度や更新制度、行動規範の存在も要件として挙げられており、国際的な合意として積極的に理念を取り入れ実践することで自律したプロフェッショナルの存在を明確にしていくことが可能である。

 プロフェッショナルは、他者が定めた役割や資格にただ従順に従うのではなく、プロフェッショナル自身が、自らの存在と存在理由を社会に示し、その存在価値が社会的に認知されるように、自律的に関わっていくことが重要である。そのためには、一定の数のプロフェッショナルで構成されたプロフェッショナルコミュニティが自律的に活動できるようにすることが必要である。プロフェッショナルコミュニティが存在し、そのプロフェッショナリティが社会に認知されることで、プロフェッショナル個人が独立して活動する場が拡がり、人材の流動性や組織の柔軟性が高まり、激しく変化する環境に対応することができるようになると考えられる。進行するグローバル化の中では、各個人のプロフェッショナリティが問われるため、高度IT人材の育成プラットフォームとして、プロフェッショナルコミュニティが機能することが、日本のIT 産業の競争力を高めるうえでも重要になる。政府がきっかけ作りや推進母体の立ち上げを行うことももちろん必要であるが、産業界、教育界の積極的な関与と、なによりもIT技術者の自覚が必須である。

4.2. ワークプレースラーニング

 社会人の学びは、その70%以上が現場での経験によるという見解がある。現場での学びの支援に携わる人は、現場における洗練された学びの場づくりが重要になってくる。現場での学びは、従来「OJT」と呼ばれていた。しかし、前述したとおりOJT が機能しにくい環境になってきている。今後の企業における人材育成において、注目すべき重要なコンセプトとしてワークプレースラーニングがある。ワークプレースラーニングとは、「主に仕事での活動と人脈において生じる人間の変化と成長」であるという意味で使われることが多いが、まだ一般的な定義にはなっていない。筆者は、ワークプレースラーニングを「経験を学びに変える場」と理解する。図6 に示すように、ワークプレースラーニングでは、Off-JT やOJT といったフォーマルな機会における育成ではなく、職場における業務遂行の過程や時間外および社外での活動において、上司、先輩、同僚、部下や社外の人との間での多様な相互作用の結果生まれるインフォーマルな機会に着目している。人は、教える人と教えられる人という相対的に固定した関係ではなく、様々な他者との多様な相互作用4を通して、学習し成長するという立場をとっている。したがって、ワークプレースラーニングでは、時間や場所に制約されない学びの場作りが非常に大切である。これは、育成部門や現場で育成に携わる人たちの重要な役割である。「研修のデザイン」から「経験(学習)のデザイン」へのシフトが求められているといえる。

 人は経験を通して学ぶ。しかし、同じ経験をしても成長する人とあまり成長しない人がいる。その差は、単なる経験か経験学習であるかによる。経験学習は、コルブの経験学習サイクルが知られている。つまり経験するだけでなく、経験を省察(ふりかえり)し、概念化し、試行することで、経験が身体知化つまり学習されたことになる。

 経験学習の具体的な場作りの例としては、業務遂行における「ふりかえり」作業の定着化が考えられる。IT業界では、プロジェクト完了後、プログラムソースコードやドキュメントといったプロジェクトの成果物のみを引き継ぎ、すぐに要員は別プロジェクトへ参画することが多い。特に高い知識と知恵をもつ要員ほど、重要な役割にアサインメントされるため、その傾向が強くなる。また、プロジェクト完了報告という形で、「ふりかえり」作業を行う場合もあるが、その内容は、費用の予実対比、障害発生件数、品質目標の達成可否など、数値や文章で表現できるような形式知の取りまとめに留まっているのが現状である。「ふりかえり」作業はそれとは異なり、プロジェクト完了や障害対応作業終了時など業務の節目節目で関係者が作業をふりかえり、そのプロセスについてのいわば暗黙知を形式知とするための話し合いの機会を設けることである。教える側、教えられる側といった勉強会形式ではなく、プロジェクトや作業におけるリーダが話し合いの動線を誘導しつつ、自由な発言の場とすることが大原則である。この機会に行われるコミュニケーションにより、自らの行動に対する成功、失敗を客観的に認識することができ、作業分担の異なるメンバとの交流を持つことで、遂行したプロジェクトや作業の意義を把握し、高い知識と知恵をもつ要員の思考プロセスの共有を図ることもでき
る。

5. おわりに

 本稿ではIT業界での人材育成における課題のいくつかを考察し、その解決策としてプロフェッショナルコミュニティの設置と従来のOJT に代わる経験学習の場としてのワークプレースラーニングの実践について提言した。これらを実現するためには、エデュケーション職種の役割が非常に重要になると考えている。従来、エデュケーションというと、要求に基づいた研修を開発し、それを実施する役割と考えられていた。しかしながら今後求められるのは、経営戦略と人材育成業務を理解し、組織と個人の成長に責任を持つCLO(Chief Learning Officer)と呼ばれる経営としての役割、現場を知り現場と連携し現場での学びのあり方、つまりワークプレースラーニングをデザインする内部コンサルタントとしての役割、そして業界のプロフェッショナルの育成に責任を持って関わっていく集団、ラーニングプロフェッショナルとしての役割である。企業も業界も、従来はプロジェクトマネジャやアーキテクト、IT スペシャリストなどの技術者の育成に注力してきた。しかし、今足りないのは、技術者の育成を推進するエデュケーション人材、あるいは、人材育成スキルを持った各職種のプロフェッショナルであり、企業、業界は、このような人材の育成に注力すべきである。

 筆者はこのような姿を念頭に置きながら、今後もIT人材育成プラットフォームの構築や、IT業界の人材育成に関わり、業界貢献をしていきたいと考えている。

■執筆者紹介(敬称略)


村上拓史(Hiroshi Murakami)

 1977年日本ユニシス(株)入社。金融系顧客システムの開発後、ミドルウェア開発、適用サービスに従事。1998年より開発方法論LUCINAの企画、適用推進を実施。2005年より、日本ユニシスソリューションの人材マネジメント室、日本ユニシスの人材育成部で人材育成戦略、人材マネジメント施策の実施を担当。2007 年より独立行政法人情報処理推進機構 ITスキル標準センターのエデュケーション委員会の主査。2009年より技術統括部で技術戦略、中長期技術系人材戦略を担当。

※同記事は日本ユニシスの発行する「ユニシス技報」の転載記事である。
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