【仏教とIT】第2回 「赤門から仏門へ」……話題を呼んだ彼岸寺のチャレンジ | RBB TODAY

【仏教とIT】第2回 「赤門から仏門へ」……話題を呼んだ彼岸寺のチャレンジ

フリーペーパーに込めた祈り  今から10年あまり前のことである。

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【仏教とIT】第2回 「赤門から仏門へ」……話題を呼んだ彼岸寺のチャレンジ
  • 【仏教とIT】第2回 「赤門から仏門へ」……話題を呼んだ彼岸寺のチャレンジ
  • フリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」。最新号は14,000部を印刷した
  • 本堂を平日に「オープンテラス」として解放
  • 彼岸寺TOPページ。現在は、「一つでも多くの仏縁を」コンセプトに、僧俗問わずに寄稿を募集。幅広く仏教に関する情報を発信している

フリーペーパーに込めた祈り


 今から10年あまり前のことである。

 20代中頃、お坊さんとして駆け出しの私は、悶々とした想いを抱きながら、時間の許すかぎりPCに向き合っていた。

 ある日は、HTML、CSS、PHP、MySQLなどWeb系のプログラミング。

 またある日は、Flash、After Effectsなど動画の処理。

 また別の日は、Illustrator、Photoshopなどグラフィック系の勉強。

 大学院を中退してお坊さんとして生き始めてから数年間、やれることはとことんやった。学べば学ぶほど、そこには希望が感じられた。「お寺離れ」と言われる状況を打破する力もあるように思われた。しかし、定年退職のないお寺の世界では、超ご高齢のお坊さんたちの意見が中心である。ITの入り込む余地はなかった。

 いくら対話してみても世代間の隔たりは埋まりそうにない。しびれを切らした私は、教団内で抵抗することを諦め、フリーペーパーを片手に街に出ようと決めた。私が正しいかどうかは、ご歴々の先達ではなく、街中の人びとにジャッジしてもらえればいいと考えたからである。2009年8月、28歳のときだった。

 フリーペーパーの名称は「フリースタイルな僧侶たち」。宗派の垣根も、僧俗の垣根もとりはらって、同じ空気を吸って生きている世代が自由に対話して、仏教の未来を作っていこうと期して名づけた。創刊時点では私の意図を理解してくれる人はほとんどいなかったが、Illustratorさえ使えればフリーペーパーの制作などわけもない。Webのプログラミングもそれなりに習得していたから、Wordpressをカスタマイズしてホームページも自作した。

フリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」。最新号は14,000部を印刷した
フリーペーパー「フリースタイルな僧侶たち」。最新号は14,000部を印刷した


 内心では逆風におびえながらの船出だったが、「お坊さん×フリーペーパー」という違和感がメディアの興味をそそったこともあって、活動は一気に軌道に乗った。共感してくれる人たちがスタッフに加わってくれた。スタッフは遠方の人もいたが、Skypeでネットミーティングを行い、Dropboxで情報を共有し、オンラインでデータ入稿するから、志さえ共有できれば距離は問題ない。創刊当時の発行部数はわずか1,500部だったが、今月発行された第50号は14,000部にまで増えた。

コンテンツとしての仏教の魅力


 さて、京都で私が情報発信を始めるよりも数年も前に、関東では彼岸寺というオンラインメディアが誕生していた。

彼岸寺TOPページ。現在は、「一つでも多くの仏縁を」コンセプトに、僧俗問わずに寄稿を募集。幅広く仏教に関する情報を発信している
彼岸寺。現在は、「一つでも多くの仏縁を」コンセプトに、僧俗問わずに寄稿を募集。幅広く仏教に関する情報を発信している


 彼岸寺は、浄土真宗本願寺派僧侶の松本紹圭さんによって2003年に開基された、インターネット上のバーチャル寺院である。松本さんは、1979年に北海道の小樽で生まれ、東大の哲学科を出て「赤門から仏門へ」と入った。実家の隣に祖父が住職をつとめるお寺があったことから、お坊さんには幼い頃から魅かれるものを感じていたという。

 お坊さんとなった松本さんの手腕は、鮮やかだった。

 仏教のコンテンツとしてのポテンシャルをいち早く見抜き、「住職を差し置いて若手僧侶は多くを語るなかれ」「お寺は檀家のためのもの」といった暗黙の前提を打ち破って、次々に話題を呼ぶサービスを展開していった。

 彼岸寺は、最初、松本さんの個人ブログとしてスタートし、お坊さんになった顛末がコンテンツとして綴られた。翌年には他宗派のお坊さんも加わり、彼岸寺はインターネット上で新しい形の仏教に出会う場として整えられていった。なお、2003年は、はてなダイアリーやココログなど、各社のブログサービスがリリースされた年である。同じタイミングで、仏教の情報発信を手掛けたというのは極めて先鋭的だったといえるだろう。

 バーチャルなお寺で情報を発信するのと並行して、松本さんはリアルなお寺のありかたの刷新もうながした。東京・神谷町にある光明寺の本堂を「オープンテラス」として法事のない平日に開放し、その後の「お寺カフェ」ブームに大きな影響を与えた。また、お寺でアンビエントを聞きたいとの思い付きからライブイベント「誰そ彼(たそがれ)」も手掛けた。松本さんの視線の先にあるのは常に、いまを生きる人々の悩み苦しみにいかに答えるかだった。

本堂を平日に「オープンテラス」として解放
本堂を平日に「オープンテラス」として解放


仏教と出会いなおす


 かくして、仏教界に2つのメディアが登場した。松本さんが東京で、私が京都だったので、2010年頃には「東の彼岸寺、西のフリスタ(フリースタイルな僧侶たち)」と呼ばれ、多くの人から注目された。中にいる人たちは、世間からの期待に応えるべく、仏教にまつわる話題性のある情報を配信し続けた。

 それは仏教が情報化社会に適応するためのチャレンジであっただけでなく、仏教の質を変える試みでもあった。両メディアともに、ITがもたらしてくれた可能性を武器として用いながら、仏教を檀家対象に限定することなく、広く一般に開放していった。

 私が手渡したフリーペーパーがきっかけになって、“食わず嫌い”で仏教を遠ざけていた人が、仏教を知って好きになってくれたことは何度もあった。また、私自身、多くの人と出会う中で、仏教の魅力、特に自宗派の魅力に気づかされた。

 たとえば、一般に仏教の修行といえば坐禅が連想されるし、坐禅のほうが念仏よりも人気だと思うが、大勢で一緒に木魚を打つ念仏体験の一体感は、坐禅道場では得られない。これは、自宗派の修行の中で「念仏こそ一番」と学んでいるだけでは、到底わからない念仏の魅力だった。仏教を現代化させようとつとめ、広く情報発信し続けたおかげを一番受けたのは、私かもしれない。

 私は3年前に代表を退き、松本さんもすでに後進に道をゆずったが、両メディアではいまも若い世代が気を吐いて活動する場となっている。私が悶々とふさぎこんでいた十数年前を思えば、隔世の感がある。これからもますます仏教に関する情報が流通し、仏教と出会いなおしていくきっかけが増えていくことを願う。

■フリースタイルな僧侶たち
http://www.freemonk.net/

■インターネット寺院「彼岸寺」
http://higan.net/

■第1回:お坊さんから見た、ITの世界


池口 龍法氏
池口 龍法氏

【著者】池口 龍法
1980年兵庫県生まれ。兵庫教区伊丹組西明寺に生まれ育ち、京都大学、同大学院ではインドおよびチベットの仏教学を研究。大学院中退後、2005年4月より知恩院に奉職し、現在は編集主幹をつとめる。2009年8月に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させて代表に就任し、フリーマガジンの発行など仏教と出合う縁の創出に取り組む(~2015年3月)。2014年6月より京都教区大宮組龍岸寺住職。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)、寄稿には京都新聞への連載(全50回)、キリスト新聞への連載(2017年7月~)など。
■龍岸寺ホームページ http://ryuganji.jp
■Twitter https://twitter.com/senrenja
《池口 龍法》

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