【テクニカルレポート】IT業界における人材育成の状況と将来展望(前編)……ユニシス技報 | RBB TODAY
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【テクニカルレポート】IT業界における人材育成の状況と将来展望(前編)……ユニシス技報

エンタープライズ 企業
図1:2005 年国勢調査における「技術者」の種類と割合(総務省統計局)
  • 図1:2005 年国勢調査における「技術者」の種類と割合(総務省統計局)
  • 図2:IT人材のレベル分布(出典:IT 人材白書2010)
  • 図3:求められる人材ニーズの変化(出典:IT人材白書2010)
■要 約 

 IT業界の人材状況は、量の不足感は急激に緩和されつつあるものの、質の不足感は依然として高い。これまでにも、共通キャリア・スキルフレームワークの作成、それに基づく情報処理技術者試験の改訂、産学連携教育など、高度IT 人材育成に対するさまざまな取り組みが行われてきているが、具体的成果はまだ見出せていない。すなわち、IT 人材の育成はうまく行われていないといえる。この原因は、IT業界で働く人材のプロフェッショナルとしての意識の欠如、IT企業のおかれた状況が成長を促す経験の場を与えない、つまり失敗を許容しない環境になっていること、OJTの機能不全、マネジメントが時代遅れのアメとムチによるモチベーションの維持を図っていることなどにある。

 これらの解決策として、IT のプロフェッショナルとしての自律を推進するプロフェッショナルコミュニティの設立と、経験を学びに変える場としてワークプレースラーニングを現場に取り入れることを提案する。そして、これらを実現していくためには、エデュケーション人材の役割が非常に重要になる。企業、業界は、このような人材の育成に注力すべきである。

1. はじめに

 筆者は、独立行政法人情報処理推進機構(以下IPAと略す)のITスキル標準センターのプロフェッショナルコミュニティのひとつである「エデュケーション委員会」の主査として活動してきた。IPA ITスキル標準センターは、ITスキル標準の改版や、企業等での活用事例の収集・分析、及びプロフェッショナルの後進育成に有益な情報発信等を行うことを目的としている。プロフェッショナルコミュニティは職種ごとに存在し、ビジネスの第一線で活躍しているそれぞれの職種のハイレベル人材で構成され、ITスキル標準の改訂提案、職種ごとの人材育成のあり方など、次世代のITサービスビジネスを担う後進人材のスキルアップに貢献するための諸活動を行っている。エデュケーション職種は、すべての職種の育成を担うプロフェッショナルであり、人材育成に関する深い見識と、IT スキル標準への高い問題意識を有している職種として、その地位向上が改めて認識されたため、2007 年9 月、ITスキル標準センター内に「エデュケーション委員会」が発足した。そして、高度IT人材育成の課題や対応策、その中でエデュケーション職種が果たすべき役割について議論し提言してきた。ここでの経験を踏まえ、IT業界全般における人材育成に関する課題を考察し、その対策について提案する。

2. IT業界の人材状況

  2010年5月、IPAよりIT 人材白書2010が公開された。これを基に、まずIT人材を取り巻く環境とIT人材の状況について確認する。

 IT業界は、1970年代の勃興期から急激な発展を遂げ、人材需要も飛躍的に拡大してきた。当初は、IT 人材の量的確保が課題であり、2000年には97万人ものIT人材が不足するという予測が発表されるまでになっていた。さまざまな量的確保に対する施策が行われ、2005年の国勢調査では技術者に分類される職業の中で、IT技術者の割合が最も多くなっている(図1)。

 しかし、IT企業のIT人材の量に対する不足感は急激に後退しており、一部のIT企業では過剰感すら強まっている。一方、質の不足感は依然として高く、IT企業ではハイレベルIT人材の育成が最大の課題となっている。図2にIT業界における人材のレベル分布を示す。

 IT企業のIT人材のレベル分布を見てみると、約40%がエントリレベルであるレベル1とレベル2である。企業においてリーダ層と考えられるレベル4以上の人材は、全体の24%程度に留まっている。ITスキル標準のレベルだけで質の問題を議論することはできないが、企業はリーダとなるレベル4の技術者育成に注力している。しかし、レベル4以上が4分の1以下と育成が決して効果的に進んでいるとはいえない状況にある。また、レベル6以上の人材は0.7%と本当の意味でプロフェッショナルと呼べる人材は、非常に少ない状況である。

 次に、職種ニーズの変化が顕著である。IT企業のプロジェクトマネジメント職種やアプリケーションスペシャリスト職種に対する需要が減少しており、開発系人材に対する需要に変化がある。これは、近年の景気低迷による開発プロジェクト数の減少の影響もあるが、クラウドコンピューティングなどの新たな技術の登場にともなう高い技術力を持ったITスペシャリスト職種やIT アウトソーシングの需要増により、ITサービスマネジメント職種の需要が増加しているためと考えられる(図3)。

3. IT業界における人材育成の課題と仮説

 IT人材白書2010によると、IT企業のIT人材に関する主要な五つの課題は以下の通りである。

1)ハイレベル人材の育成
2)就業満足度とモチベーションの向上
3)質の高い新卒人材の確保のための業界イメージの向上
4)産学連携による新卒人材育成
5)外国籍IT人材の活用

 本章では、最も多くの企業が課題としてあげていて筆者が「エデュケーション委員会」での主たる活動テーマともしている、ハイレベル人材の育成と就業満足度とモチベーションの向上について、その原因と対策の方向性を考察する。

3.1. 高度IT人材はなぜ育たないのか

 2章で述べたように日本のIT企業における人材の分布は、レベル1、2 が40.1%、レベル3が35.9%となっており、全体の76%がレベル3 以下である。レベル4以上のハイレベル人材の育成は、IT企業の最大の課題となっており、これまでにもさまざまな取り組みが行われてきている。

 2007年7月に産業構造審議会から、「高度IT人材の育成を目指して」と題された報告書が発表されている。これは、日本のIT 人材の育成に関する基本戦略として位置づけられている。この戦略の実現に向けた具体的な取り組みとして、高度IT 人材の全体像を示した「共通キャリア・スキルフレームワーク」が作成され、それに基づいて情報処理技術者試験制度の改訂、ITSS(Skill Standard for IT Professional)、UISS(User’s Information Systems Skill Standard)、ETSS(Embedded Technology Skill Standard)の各スキル標準間の整合化、産学連携教育などが提言されている。しかし、これらの施策の具体的成果はまだ見出せていない
のが現状である。

 技術者がどのようにして熟達化していくかは、ドレイファスが五段階モデルを使って説明している。人は、初心者、見習い、一人前、中堅、熟練者の五つのステップを経て成長していく。これを、IT スキル標準のレベルにあてはめると、初心者がレベル1、見習いがレベル2、一人前がレベル3、中堅がレベル4、5、熟練者がレベル6、7 に対応する。一人前は、未熟ながら一人で目標設定を行い、計画を立て、実施できるレベルである。中堅は職場の中核となり、様々な経験を積んでいくレベルであり、それによって、全体を把握する力や意思決定のスピードと精度を高めていく。最後が熟練者であるが、熟練者は多くの経験を積み、知識が構造化かつ体系化されているため、即座に直感的に的確な意思決定ができるレベルである。神戸大学の松尾教授の研究では、中堅から熟練者のレベルにになるための壁は高く、なれるのは約1割であるという。熟練者になるためには、まず中堅レベルに到達しなければならないが、現在のIT企業では、一人前から中堅レベルになる壁を突破できない人材が大勢いる。IT企業の人材育成もこのレベルに注力しているが、うまく育成はできていない。次に、中堅レベル、熟練レベルの育成ができていない原因を考察する。

3.1.1. 中堅レベルの育成

 人の成長には経験が必要である。ただし、重要なのは経験の量ではなく経験の質である。個人の力量や経験領域を少し超えた業務に配置され、それを成し遂げた経験は自信となり、この自信が成長を確実なものに定着させる。いくら経験をしてもその業務自体が本人の力量以下なら、同じレベルに留まっているだけで、成長はしない。したがって、育成のためには、育てるべき人材の力量や経験領域を少し超えた業務配置をする必要がある。当然、このような配置は組織にとっては、失敗するかもしれないというリスクを負うことになる。一方、経営環境の厳しさが増す中で、現場で人を育てるという余裕がなくなってきているのが現状である。企業は、現場に業務効率の最大化を求める。現場は直近の業務効率を最優先するために、失敗は許されず、その業務を安全に遂行できる最適任者を配置する。毎回、できる人、経験したことのある人が配置されるなら、いつまでたっても人は育たない。安心して業務をゆだねられる人材は、業務効率のために異動させない、必要な能力を持っていない人材は、教えている余裕がないことを理由に受け入れ先がないこととなり、必然的にジョブローテーションの硬直化が起こる。このことが人材育成の大きな阻害要因になっていると考えられる。

3.1.2. 熟練者レベルの育成

 日本では、IT技術者にプロフェッショナルとしての自律性が、あまり求められていないのも事実である。これは、IT 企業の中での従業員としての立場が長く続いていたために、自律的に社会の中における個としての責任を果たしていくというような動機付けが行われてこなかったためであると考える。IT 技術者は企業の中での活動に制約され、例えポテンシャルがあっても、企業の事情に制約され伸長する機会が与えられず、結果的に低いレベルに留まっていることも大きな要因と考えられる。また、前述したようにIT 業界では長い間、人材の量的確保が課題であり、仕事の価値を従事した時間という量で計る人工(にんく)ビジネスが中心であったことも、プロフェッショナルとしての自律性を阻害する要因になっている。熟練者レベルの育成という目的のためには、プロフェッショナルとしての自覚と自律を促す仕組みの構築と人材の流動化の促進が必要であると考える。

■執筆者紹介(敬称略)


村上拓史(Hiroshi Murakami)

 1977年日本ユニシス(株)入社。金融系顧客システムの開発後、ミドルウェア開発、適用サービスに従事。1998年より開発方法論LUCINAの企画、適用推進を実施。2005年より、日本ユニシスソリューションの人材マネジメント室、日本ユニシスの人材育成部で人材育成戦略、人材マネジメント施策の実施を担当。2007 年より独立行政法人情報処理推進機構 ITスキル標準センターのエデュケーション委員会の主査。2009年より技術統括部で技術戦略、中長期技術系人材戦略を担当。

※同記事は日本ユニシスの発行する「ユニシス技報」の転載記事である。
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