【「エンジニア生活」・技術人 Vol.6】15年の蓄積で実現したノイズキャンセリング機能——ソニー・角田直隆氏 | RBB TODAY
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【「エンジニア生活」・技術人 Vol.6】15年の蓄積で実現したノイズキャンセリング機能——ソニー・角田直隆氏

IT・デジタル その他
ソニーオーディオ事業本部第3ビジネス部門1部・主任技師の角田直隆氏
  • ソニーオーディオ事業本部第3ビジネス部門1部・主任技師の角田直隆氏
  • 飛行機や電車内で威力を発揮するノイズキャンセリング・ヘッドホン。そのキャンセリング機能のデジタル化で高音質を実現したソニーのエンジニア、角田直隆氏にヘッドホン開発への熱い想いを聞いた。
  • 飛行機や電車内で威力を発揮するノイズキャンセリング・ヘッドホン。そのキャンセリング機能のデジタル化で高音質を実現したソニーのエンジニア、角田直隆氏にヘッドホン開発への熱い想いを聞いた。
  • 飛行機や電車内で威力を発揮するノイズキャンセリング・ヘッドホン。そのキャンセリング機能のデジタル化で高音質を実現したソニーのエンジニア、角田直隆氏にヘッドホン開発への熱い想いを聞いた。
  • MDR-NC500D(モデルは同事業本部PA商品企画MK部企画3課・間利子佳奈さん)
 ヘッドホンを替えると音質も変わる。そう考えるユーザーが近年増えている。そのような高音質ヘッドホンの開発に携わっているのが、ソニーオーディオ事業本部第3ビジネス部門1部・主任技師の角田直隆氏。3月、ノイズキャンセリング機能のデジタル化で、騒音を約99%カットするヘッドホン「MDR-NC500D」(49,350円、発売中)をソニーが発表。この画期的な製品を開発したのが角田氏だ。

 ソニーのオーディオ事業本部は大きく5つの部門に分かれている。第1ビジネス部門はHiFiオーディオやホームシアターなど大型機器を扱う。第2はマイクロコンポーネントなどライトユーザー向け。そして、同氏が所属する第3はヘッドホン、ICレコーダー、ポータブルスピーカーなど小型機器。第4はウォークマンで、第5はカーオーディオ・エレクトロニクスとなっている。2000年ごろから、デジタルオーディオプレーヤーが急速に普及していった中で、「音質にこだわるユーザー」を中心にヘッドホンの需要も高まった。俄かに、ソニーオーディオ事業全体の中で、ヘッドホンの存在が大きくなっている。

 MDR-NC500Dに搭載されている音の信号をデジタル処理して騒音を低減する「デジタルノイズキャンセリング(DNC)」とは、どういう仕組みなのか。まず、ドライバーユニット(発音部)内に組み込まれたマイクロホンで音楽の音と騒音を検出。騒音の位相(音の波形)に対して、ドライバーユニットから騒音を打ち消す逆位相をつくり出す。だが、逆位相をつくるだけでは不十分。高音域を抑えないとハウリングが起こるのだ。ところが、従来のアナログ信号処理では高音域を処理すると、騒音の抑制に寄与する低音域まで切ってしまうため、十分なノイズキャンセリング効果が得られなかった。そこで、音楽や騒音の信号をデジタル化して、高音域だけをカットするフィルター回路の役割を担うDNCソフトウェアエンジンを開発したことで、99%の騒音除去を可能にしたのだという。この信号処理は本体に内蔵されているDSP(信号処理に特化した内部構成を持つCPU)で実行される。

 さらに、フィルター回路をデジタル化してソフトウェア制御することで、フィルター特性の切り替えが可能になった。それを使って、騒音の特性で分けたA(主に航空機内騒音)/B(主に電車やバス内騒音)/C(主にオフィス、勉強部屋などのOA機器や空調機の騒音)の3つのキャンセリングモードから自動的にその場に合ったモードを選ぶ「AIノイズキャンセリング機能」が搭載された。角田氏は「世の中には様々な騒音があるが、我々の調査ではお客様の用途は大方この3つの騒音モードのどれかでカバーできます」と説明。

 騒音を軽減するだけではない。音質の向上も実現した。ノイズキャンセリングヘッドホンは通常のヘッドホンと比べて低音域における感度(入力電力に対する出力音の大きさ)を高く設計してある。これは世の中の騒音は低音域に非常に大きなエネルギが集中しており、バッテリーで得られる限られた電力でも余裕をもって騒音をキャンセルするための工夫である。ところがこの低域の強調は同時に音質を損なうというデメリットがあった。それを解決するため、トーンバランスを整えるデジタルイコライザーを搭載。これによって従来のノイズキャンセリングヘッドホンでは実現できなかったクリアで自然な音を再現する。「音の信号をデジタル化したことで、フィルタリングや複雑な信号処理が容易にできるようになったおかげです」とのこと。

 多くの最先端の技術を駆使しているので、つい最近開発されたもののように思えるが、意外にもデジタルノイズキャンセリング機能を搭載した試作モデルは、実は角田氏が入社した2年後の1993年、つまり15年前にできていたという。それがなぜここまで製品化に時間がかかったのだろうか。

■課題は小型化と音遅れの解消

 「15年前の試作モデルはキャンセリング機能がアナログより劣るうえ、サイズが大きすぎた。電源は100V必要で、とてもじゃないが実用性があるものではなかった」と振り返る。デジタル化のためのシステム部分がスペースと電気を食いすぎたのだ。しかし、それでも製品化を諦めない理由があった。それは当時からデジタルノイズキャンセリングは「音質が良かったから」だそうだ。アナログのノイズキャンセリングヘッドホンは、92年に航空会社向けとして最初に送り出した。だが、当時「音質がいまひとつ」という課題があった。これを解決するには「デジタル化しかない」と考えていたわけだ。

 「小型化にはとても苦労しました。昨年時点でまだ、3段積みのデスクワゴンに乗せないと運べないほどの大きさだったのですから」という。デジタル化するとどうしてもその分大きくなってしまうジレンマに最後の最後まで戦い続け、設計を何度もやり直していった。結果的に、小型化に成功したのだ。

 だが、「サイズを小さくしただけでは駄目なのです。もうひとつ大事なことがありました」と語る。それは「音遅れの解消」。耳元の騒音検出マイクから入ってくる音をアナログからデジタル信号に変換し、フィルタリングしたのち、再びアナログ信号に戻す作業をする。この一連の演算作業が「音遅れ」となって現れる。つまり、騒音をキャンセルしようとして逆位相の波を作り出したものの刻々と変化する耳元の騒音に追いつかずキャンセルできないのだ。これを解消したのが、さきほど出てきた新開発のDNCソフトウェアエンジン。「信号処理を高速化して音遅れを解消したのは同ソフトウェアエンジンです。これができた2年前に、製品化のメドが立ちました」という。

 しかし、これで終わりではない。「いや、まだヘッドホン開発で説明していない一番重要なことが残ってますよ」と角田氏は話を続ける。

■ヘッドホンの命は「音質」と「装着感」

 角田氏は入社から現在までずっとヘッドホンの開発に携わってきた。その中でもっとも苦労することは、「時代が求めている音」を把握し、それに合った製品にすることだ。「90年代初頭と現代では、例えばベース音の好みがぜんぜん違います」。別の時代につくったヘッドホンは現代では通用しないということ。今の音とは何かを探るには現場に足を運ぶしかない。音楽シーンで活躍するプロの音楽関係者に試作機で音を聴いてもらう。すると、求められる音と試作機ではとても難しいニュアンスの違いがあると指摘される。まず、それを理解するのに苦労する。そこから、今度はチューニング作業を何度も何度もやり直すのだ。

 今回開発したMDR-NC500Dではさらに、日本だけでなく米国のユーザーが好む音を追求した。「米国の音楽ニーズを理解するため、何度も渡米し、徹底的に調査しました。これに時間と労力を相当つぎ込みました」ともらす。余談だが、渡米には飛行機を使ったので、ノイズキャンセリングヘッドホンが大いに役に立ったという。「おかげでよく眠れて、仕事の疲れが取れました」。音楽を再生せずに騒音だけをカットすることで、熟睡できる静かな環境をつくり出すことも可能なのだ。

 もうひとつ、ヘッドホンで重要なのは装着感。どれだけ音質やキャンセリング機能が優れていても、装着感が悪いとヘッドホンとして成り立たない。そこで、イヤパッドのクッション材に低反撥発泡ウレタンを使用。体温の変化によって自然に耳にフィットし、心地よい装着感が得られる。また、ハウジングおよびハンガー部にはマグネシウム合金、ヘッドバンド部に超超ジュラルミンを採用したことで、重さ195gという軽さを実現。このような外装素材の工夫で、長時間使用していても疲れないヘッドホンを目指した。「私は90時間以上のフィールドテストを行っていますが、満足できる装着感です」と自らの経験で同製品の装着感の良さをアピールした。

 ノイズキャンセリング機能を進化させただけではヘッドホンとして、不十分。音質と装着感が揃ってはじめて一人前の製品ということ。それがソニーの長年培ってきたヘッドホンづくりのポリシーであり、厳しさであろう。そして、角田氏はソニーのヘッドホン全体の音づくりのこだわりをこう説明する。「プロ・アマ向けを問わず、ボーカル音が自然に聴こえ、ボーカルと楽器の聴こえ方のバランスをしっかりとっていることだ」と。

 このポリシーをしっかり守りながら、「さらにデジタルノイズキャンセリング機能で、世の中の様々な騒音をどこまでカットできるか、挑戦し続ける」と抱負を語った。
《羽石竜示》
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