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伝統工芸を現在とシンクロさせる

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「戦国BASARA玉虫塗絵はがき」でデザインは左が「伊達政宗」、右が「片倉小十郎」(映像提供(C)CAPCOM/TEAM BASARA)
  • 「戦国BASARA玉虫塗絵はがき」でデザインは左が「伊達政宗」、右が「片倉小十郎」(映像提供(C)CAPCOM/TEAM BASARA)
  • 玉虫塗のおもな商品
  • 創業時の東北工芸製作所(初代社長の佐浦元次郎と従業員)
  • 玉虫塗の製作イメージ
  • 「TOUCH CLASSIC」のおもな商品
  • ものづくり日本大賞の授賞式に臨む佐浦みどり氏(写真右)
【記事のポイント】
▼伝統工芸をアニメという対極の異業種につなぐ、しなやかな発想
▼低成長期のものづくりには、付加価値を見出すことが重要
▼時代のニーズを読み解く先に、ものづくりの生き残る道が広がっている


■伝統工芸とは無縁に思えるアニメとのコラボで大ヒット

 古き良き伝統に裏打ちされてきたからこそ、従来のものづくりから脱却した次代のものづくり、すなわちポストものづくりの視点が強く求められている伝統工芸。既存の商品ラインアップや販路だけでは市場が先細りし、衰退の一途に苦しむケースは決して珍しくない。

 そんな中で見事に既存からの脱却を果たし、新たな市場を切り開いたのが、宮城・仙台で伝統工芸の玉虫塗(たまむしぬり)を手掛ける東北工芸製作所だ。

 玉虫塗は漆芸の1つで、下地を施した器に銀粉をまきかけ、その上から染料を加えた透明な漆を吹き付けて仕上げる。漆の下から銀粉が艶やかな光沢とともに浮かび上がる様は見事で、見る角度によって微妙に色合いが変化することからその名がつけられた。

 玉虫塗の商品は食器をはじめ花瓶や小物などが中心だったが、2009年7月、大人気アニメ『戦国BASARA』のキャラクターを玉虫塗でデザインした絵葉書が登場すると一躍脚光を浴び、飛ぶように売れた。同社のショールームで、営業部を統括する常務取締役の佐浦みどり氏は次のように振り返る。

「発売日までに1種類のデザインあたり100枚、計8種類のデザインで合計800枚を制作していたのですが、ネットで販売の予約受付を開始すると注文が殺到して、予約分だけでも在庫がなくなってしまうほど。ほかにもアニメグッズを扱うショップや土産物店、弊社の直営ショップといった実店舗でも販売する分を用意しなければなりませんでしたので、慌てて増産して、結局、3か月で1万枚も売れました」

 玉虫塗の絵葉書はそれまでにもあったが、デザインは松島の風景や仙台七夕まつりといった宮城県にちなんだもので、地元のみでの小ロット販売であった。つまり、絵葉書の大ヒットのカギは「伝統工芸×人気アニメのコラボレーション」にあるわけだが、このコラボはどのようにして実現したのだろうか?

「実は宮城県から、『戦国BASARA』を活用した商品化に関するセミナーの案内を受けまして、すでに地ビールとコラボした成功事例があるということでしたので、ならば玉虫塗でもなにかできるかもしれない、玉虫塗になじみのないアニメファンの方々にも玉虫塗をPRできるかもしれないと考えて、セミナーに参加したのです」

 セミナーで『戦国BASARA』のアニメ制作を行っているプロダクション・アイジーの担当者と面会したことをきっかけに、コラボ商品の開発に着手。幅広い価格帯の玉虫塗の商品の中で、アニメファンの多くを占める若者層にとっても比較的手頃な絵葉書を商品ジャンルに決めた。

 すでに松島の風景や仙台七夕まつりをデザインした絵葉書の開発・製造実績があるだけに、特別に生産ラインを構築したり、人員を配置したりといった負担はなかった。当初の800枚から急きょ、増産が迫られた際は、スタッフがフル稼働で残業の連続で、ときには休日出勤もあったが、それはうれしい悲鳴だったという。


 玉虫塗の商品を使っていたのは、同社の直営ショップや伝統工芸品を扱う土産物店などだが、『戦国BASARA』の絵葉書の販売にあたり、「アニメやゲームのファンはネットをよく利用しているだろう」という考えからネットショップにも力を入れた。また、プロダクション・アイジーや『戦国BASARA』のサイトでも積極的にPRしてもらい、予約の殺到につながった。

 これがさらに話題となり、歴史好きの“歴女”にも関心がもたれ、歴女が訪れそうな史跡、名所にある土産物店にも置くようした。「弊社のショールームにも、あきらかにこれまでとは違った若い方や女性の方が訪れるようになりましたので、お客様の層が広がったと実感しましたね」と言う。

 商品はすでに存在していたものの、伝統工芸とは無縁に思えるアニメとのコラボによりデザインを変更し、サブカルチャーに興じる層に向けて販促したところ、この層を新たな顧客ターゲットとして獲得できたわけだ。

■ものづくりの進化は、時代の状況を読み解くこと

 こうした異業種とのコラボは、創業から同社に根付いていた、伝統に固執しないしなやかな発想による影響が大きい。同社の創業は、28(昭和3)年に商工省(現在の経済産業省)が設立した、当時、全国で唯一の国の工芸デザイン指導機関である国立工芸指導所にまでさかのぼる。

 国立工芸指導所は国策として玉虫塗を開発したが、その後、東北工芸製作所が設立されると35(昭和10)年に玉虫塗の特許実施権を得て、本格的に商品開発を開始。戦後、多くの進駐軍が行き来する中で、進駐軍やその家族向けにプレートやサラダ用サーバーなど、玉虫塗を施した洋食器を開発していった。いわばインバウンドにより礎を築いたのだ。

 進駐軍の撤退後は海外向け需要が落ち込んだため、国内向けにターゲットをチェンジ。食器や装飾品といった身近な暮らしの道具を販売すると、高度経済成長により豊かになっていった一般家庭でも広く用いられるようになった。そして商品開発を開始して約半世紀を経た85(昭和60)年に、宮城県から伝統的工芸品の指定を受けると、天皇陛下への献上品に加えられたほか、贈答用や記念品としての需要が拡大。仙台を代表する伝統工芸品として知られた。

 ところが、いわゆるバブル経済の崩壊とともに、贈答用や記念品としての需要が低迷。玉虫塗の新たな需要が強く求められていた。『戦国BASARA』との出会いはまさにそんなときだったのだ。


 進駐軍をきっかけとした外国人向けインバウンド需要、高度経済成長に沸く国内での一般家庭向け需要、伝統的工芸品の指定による贈答用や記念品の需要と、同社には、時代の流れとともにさまざまな顧客をターゲットに取り込んできた歴史がある。

 そんな同社だからこそ、アニメをはじめたとしたサブカルチャーが花盛りの近年にはアニメファンや歴女にまで顧客ターゲットを拡大できたと言える。『戦国BASARA』のほかにも『ジョジョの奇妙な冒険』など、さまざまなアニメや絵本、オンラインゲームとのコラボを展開していったが、しかし、同社のサクセスストーリーはここで終わらない。

■デザインという新たな価値を導入し、時代とともに生きる

「実は、東日本大震災によって宮城県を訪れる方が激減すると、弊社の商品もまったく売れなくなってしまったのです。それで、このまま仙台でただお客様を待つのではなく、日本全国、そして海外へも視野を広げて国内外にまで進出していこうと、新たな方針を立てたのです」

 震災の翌年の12年、「玉虫塗」に興味を持ったデザイナーやクリエイターたちの協力を得て、同社のオリジナルブランド「TOUCH CLASSIC(タッチクラシック)」が立ち上がった。「玉虫塗」をただ飾るのではなく普段使いできるものに広げ、グラスやボウルなどのテーブルウェアをはじめ、ステーショナリー、インテリアなど、毎日のように手に触れる製品を開発した。

 デザインは、さまざまなライフスタイルになじみやすいように、ベースの色が“黒”となるように黒塗りを選択。現代のライフスタイルや感性に合わせたスタイリッシュなデザインとすることで、これまでターゲットにできなかった若者層や外国人を引き付けるような商品ラインアップを次々と開発していったのだ。

 地元以外の販路が乏しかった同社だったが、こだわりを持つ若者が集うセレクトショップやライフスタイルショップでの取り扱いがスタートして、東京や欧州での取引先は15社を越えた。

 また一方で、仙台市やジェトロ(日本貿易振興会)の補助金を活用してドイツの展示会に出展すると、デザイン面で外国人から高い評価を得たが、ホテルやレストラン等の業務用食器として、食器洗浄機の利用に耐えられるようにという要望も突きつけられた。

 そこで、科学技術振興機構(JST)の補助金を活用し、産業技術総合研究所と共同で技術開発に着手。食器洗浄機の利用に耐えられる高耐久性玉虫塗の開発に成功した。この技術は2015年の「第6回ものづくり日本大賞」の経済産業大臣賞を受賞したほどだ。

 そして今まさに、高耐久性玉虫塗の量産化に向けて準備を進めており、国内外のホテル、旅館、レストラン、料理屋で玉虫塗の食器を見かける日もそう遠いことではない。それは同社が新たな顧客ターゲットを獲得し、販路を拡大したことにつながる。

 決して伝統に固執することなく、常に時代と向き合い、新たな顧客を追い求めるしなやかな姿勢が同社の歴史からは感じられる。デザイン、販促、販路、技術というさまざまな面で新しさを生み出した先に、伝統工芸の生き残る道が広がっている。

~ポストものづくり時代:1~伝統工芸を現在とシンクロさせる

《加藤宏之/HANJO HANJO編集部》

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