【連載・視点】秋田美人を産業化する!25歳女性社長の挑戦 | RBB TODAY

【連載・視点】秋田美人を産業化する!25歳女性社長の挑戦

「当時は秋田に帰る気がしなかった」。地元秋田市内で「あきた舞妓」事業を運営する株式会社せんを4月に設立。代表取締役となった水野千夏さんは、自分の就職活動時を振り返る。

エンタープライズ その他
株式会社せん代表取締役 水野千夏さん
  • 株式会社せん代表取締役 水野千夏さん
  • 8月1日には秋田市内のホテルでお披露目会が開催された
  • 自ら受付に立ち来場者に挨拶する
  • 挨拶する水野さん。
  • 舞妓一期生となった3名は踊りを披露
  • 一期生任命式
  • 「私は365日休みがないと思っている」と話す。
「当時は秋田に帰る気がしなかった」
地元秋田市内で「あきた舞妓」事業を運営する株式会社せんを4月に設立。代表取締役となった水野千夏さんは、自分の就職活動時を振り返る。

 「あきた舞妓」事業は、約10年前にすたれた川反芸者を時代に合わせて復活させようという挑戦。25歳の水野さんの采配が話題となっている。8月1日には、市内のホテルで舞妓のお披露目と任命式が行われ、多くの地元関係者と報道陣が集まった。

 水野さんは地元の高校を卒業した後、神奈川大学に進学。大学卒業後は化粧品会社に就職した。「東京を見てしまうと、田舎は遊ぶところが少ないし、給料は低い。秋田なんて…、という感じでした」と当時を振り返る。ところが半年くらい働いたとき、ふと自分の将来を考えることがあった。
「5年後に自分が化粧品会社で働いているというイメージができなかったんです」。
もともと子育てをするなら秋田とは考えていた水野さんは「いつかは地元に帰るなら、今帰った方がいいんじゃないか」「働くなら秋田で一花咲かせたほうが地元のためにもなる」そう思い、すぐに秋田の企業に電話し、転職を決めた。この会社は秋田県の食品を県外にプロモートする企業だった。

■秋田美人を産業化する

 起業するにはコンテンツが必要だが、水野さんには“秋田美人を産業化したい”という思いがあった。誰でも知っている“秋田美人”という言葉を使って地元を活性化したいと考えていた。「産業化というのは抽象的な言葉でしかない。何をもって収益活動をすればいいか分からなかった。秋田にある何かを活用しなけらばということをずっと考えていた」。

 そこで就職した会社で営業として秋田の現状を把握しながら、図書館にも通った。どういう風に秋田が移り変わってきたか、歴史はどうだったのか?生まれ育った秋田市のことを知るための作業を続けた。そのなかでたまたま出会ったのが川反芸者の記述だったという。「それを知った瞬間、秋田美人とからめて何かができると感じた」と振り返る。

 川反芸者は一時代の文化であり、歴史である。敢えてそこに着目したのは何故だろうか?東京で働いたことのある水野さん次のように話す。
「都会で新しいものを作ると物事が活性化していくのが目に見えて分かる。しかし地方では、新しいものを作っても、人がいないし、情報も少ないので価値が生まれにくい気がしている。地方の活性化に必要なのは、地元にある地元らしいものを、いかに今の時代に合わせて人を魅了するように生まれ変わらせていくかだと思う」。
《RBB TODAY》

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