日常の定番として親しまれてきた海苔弁を、老舗や専門店が手がけるとどう変わるのか。今回は“高級海苔弁”5種類を食べ比べ、それぞれのこだわりと個性を確かめた。
「にほんばし海苔弁当」海苔で勝負する潔さ

元禄三年創業の老舗・山本山のふじヱ茶房で販売されている「にほんばし海苔弁当(2200円)」。使用する海苔は、最高級のもみ海苔「にほんばし」と「バラ干し海苔」だ。ふたを開けると黒々とした「バラ干し海苔」が一面を覆い、中央に紀州南高梅がちょこんと乗る。黒をベースに赤が映える“黒日の丸”の見た目がまず印象に残る。副菜は置かず、海苔そのものを味わわせる潔い構成だ。ご飯は二段。上段の下には自家製醤油だれ、焼き塩、ちりめんじゃこ+オリーブオイルがそれぞれ別所に仕込まれ、口に運ぶ位置で風味が変わる。下段には焼き海苔「にほんばし」半枚を挟み、米と海苔が重なるミルフィーユ状の層になっている。
噛むほど広がる香りと、変化する旨み


口に含むとまず海苔の弾力と香りが立ち上がり、旨みが広がる。千葉県産コシヒカリはふっくらと甘みがあり、海苔の風味を引き立てている。特に、ちりめんじゃこの歯ざわりと香り高さは記憶に残り、海苔に並ぶ存在感を放っていた。この弁当は海苔を存分に堪能できるのが大前提だが、シンプルで単調なものを想像すると意外性がある。ひっそり仕込まれた自家製醤油だれ、焼き塩、ちりめんじゃこオリーブオイルが食べ進めるごとに味わいをやさしく変化させ、あえて自分で味変をせずとも素材の持ち味を思う存分に楽しめた。自身へのご褒美や手土産に喜ばれそうな一品だ。時間指定の予約を受け付けており、確実に持ち帰れる。
公式HP:https://fujie.yamamotoyama.co.jp/sabo/
「海苔弁 海」専門店が打ち出す最上級の家庭料理

「冷たいけど、温かい。」家庭料理の最上級をモットーにした海苔弁専門店、刷毛じょうゆ 海苔弁山登り。同店では、海の幸・山の幸・畑の幸をメインにしたものや、おかずを盛り込んだタイプなどいくつかの種類がある。その中で筆者が選んだのは、一番人気の海の幸をメインにした「海苔弁 海(1350円)」だ。脂ののった鮭は弁当箱からはみ出すほど大ぶりで、ちくわの磯辺揚げと並んで存在感を放つ。玉子焼きはあえて焦げ目を付けて焼き上げられ、懐かしさと家庭的な温かさを演出しているという。ただ、この弁当の核はやはり海苔にある。
刷毛で塗り込む醤油が海苔の味を引き立てる

ご飯には香り高い鰹節粉と、初摘みの青混ぜを使用した最高級の有明海苔を二段に敷き詰める。店名にもある刷毛で特製醤油を塗り込む一工夫で、海苔と米がほどよく馴染み、スッと切れる食べやすさとともに香りだちを際立たせている。鰹節の香りは穏やかで、あくまで海苔の風味を引き立てる役割に徹しているのも印象的だ。
脇を固める鮭やちくわの磯辺揚げ、玉子焼きといった定番のおかずは、それぞれ味がしっかりしており、いわゆるオーソドックスな海苔弁のスタイルでありながら、ワンランク上の仕上がりになっていると感じた。そして主役はやはり海苔。刷毛じょうゆが生む繊細な風味が、この弁当を特別な一品へと押し上げている。
公式HP:https://noriben-yamanobori.co.jp/
「海苔弁」具材ぎっしりの満足感

都内を中心に18店舗を展開する海苔弁専門店・海苔弁いちのやの「海苔弁(1480円)」。蓋を開けると具材がぎっしり詰まり、米が見えないほどの迫力である。米は新潟県産のブランド米「新之助」を採用。今回の食べ比べで唯一、もち麦をブレンドしており、香り・食感・栄養面の満足度が高い。海苔は瀬戸内海産の「浮き流し」を用い、しっかりとした食感と包み込む旨味が特徴だ。
おかずの主役となるのは白身魚のフライ、ちくわの磯辺揚げ、鶏肉の三品。白身魚のフライはふっくらとして食べ応えがあり、冷めても食べやすい。磯辺揚げは宮城・塩釜の竹輪に四万十川の青海苔をまとわせ、海の香りが際立つ仕上がりだ。鶏肉は三重・松阪名物の極上味噌だれで焦がし焼きにされ、香ばしさが広がる。さらにきんぴら牛蒡、野沢菜が彩りとバランスを整えている。
海苔は下支え、素材で食べさせる満足系


海苔の下には、関東本樽仕込み「二二六」のだし醤油と、鹿児島県産の一本釣り鰹節。上品に香り、全体の旨味を底上げする役割を担う。一方で、気になったのは最下層に海苔が敷かれていた点である。弁当の底に密着して食べにくさを覚え、米と海苔を重ねるミルフィーユ状にしなかった理由が気になった。総じておかずの量が多く、海苔主体というよりは、海苔が“おかずをおいしく食べるための下支え”に回るバランスである。仕事の合間のご褒美に食べたい、普段使いにもちょうどよい一品だと感じた。
公式HP:https://noriben-tokyo.com/index.html
「海苔のりべん」言わずもがな郡山を代表する名駅弁

福島・郡山市の老舗駅弁屋・福豆屋が手がける「海苔のりべん(1300円)」は、JR東日本「駅弁味の陣」でグランプリ受賞歴を持つ実力派である。TV番組「マツコの知らない世界」でも紹介され、「日本一旨いのり弁」と称す声も多いという。
定番人気のご飯のおともが主役


米は郡山市のブランド米「あさか舞」コシヒカリを使用。海苔は二段重ねで、1段目には昆布の佃煮、2段目にはおかかと梅干しが仕込まれている。おかかは蕎麦ダレで炒って力強い味わいで、一口で塩気と旨味が押し寄せる。昆布の佃煮は筆者が最も欲していた具材で、甘じょっぱさが米と海苔にぴたりと寄り添う。海苔の香りを静かに立てるタイプの海苔弁が多いなか、本品は“ご飯のお供”を前面に出しているのが特徴だ。
おかずはだし汁がにじむ手焼き卵焼き、塩気の効いた鮭、薄口のだしで煮込まれた煮物などで、肉や揚げ物などの派手さはないが、それがまた主役の米部分を引き立て、バランスが取れていた。
入手はやや骨が折れる。郡山駅・福島駅・新白河駅のほか、東京駅「駅弁屋 祭」には毎日13時30分に入荷するが予約不可である。筆者は1度目は購入できず、2度目でようやく入手した。陳列されるやいなや隣にいた女性から「これ美味しいんだよね」と声が漏れるほどの人気ぶりだった。
公式HP:http://www.fukumameya.co.jp/
「海苔弁当」素材主義の魚屋が作る贅沢

東京・根津の鮮魚店・根津松本が手掛ける「海苔弁当(2,916円)」。日本各地から“一の線”の魚を見極めて仕入れる同店らしく、主役は魚介だ。香ばしく焼いた鮭、ぷりっと肉厚の銀鱈西京漬の竜田揚げ、鯛の身を使ったちくわの磯辺揚げが堂々と並ぶ。海苔は二段敷きや鰹節まぶしといった仕掛けは設けず、シンプルに米と海苔で勝負した品だ。
一級の魚で食べさせる満足感


米は自然栽培の会津「白虎米」を使用し、粒感が立つ。海苔は過度に主張せず、米の旨みを下支えしている。さらに山椒ちりめんは爽やかな山椒の香りが強めに立ち、米の甘みを引き立てていた。 銀鱈は上品な脂と味噌のコクが広がり、香ばしく焼かれた鮭はカリッとした皮が印象的だ。高級旅館の朝食を彷彿させる。ちくわの磯辺揚げは冷めても衣がサクっとしており、ほんのり磯の香りが漂う。そして玉子焼きは試作・試食を重ね“白いご飯に合う玉子焼き”を追求したという。まさに鮨屋の味そのもので、キレのある本格さは他の玉子焼きとは一線を画していた。どこを切り取っても贅沢な弁当だった。
公式ホームページによると、要予約の品で受け取りは毎週水曜日の根津本店限定だ。一方でインスタグラムによると、麻布台ヒルズ店では毎日作られているとの投稿も見られるため、最新の提供状況は要確認だ。
公式HP:https://nezu-matsumoto.jp/collections/%E6%B5%B7%E8%8B%94%E5%BC%81%E5%BD%93
シンプルな構成ながら、選ぶ素材や仕込みの違いで味わいは大きく変化する。海苔の存在感を前面に出すもの、ご飯のお供を主役に据えるもの、魚介を軸にしたもの等、いずれも家庭の海苔弁を格上げする工夫が凝らされていた。