【楽しい100人 Vol.3】世界を歩いてわかった、広島のためにできること……広島ジン大学学長 平尾順平氏 | RBB TODAY

【楽しい100人 Vol.3】世界を歩いてわかった、広島のためにできること……広島ジン大学学長 平尾順平氏

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平尾順平氏
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「広島のために何ができるか、考えたんです」

第4回「広島の楽しい100人」で平尾順平氏はそう熱く観客に語りかけた。当日は9度6分の高熱の中の登壇だった。

「ひろしまジン大学」は、NPO法人として、生涯学習や町づくりをしている団体。広島市出身の平尾氏は、学生時代バッグパッカーとして世界を放浪、広島市立大学卒業後も政府開発援助の仕事で再び様々な国へと赴くことになったが「思い余って」2007年に退職。原爆ドームなどを管理している財団法人広島文化センター勤務を経て、2010年に「ひろしまジン大学」を立ち上げた。 平尾氏が通称「ジン大」を立ち上げた理由は3つあるという。

「広島から来たといえば、たとえ南米の小さな漁村でも、原爆の広島から?といわれるほど海外での広島での知名度は高い。でもそれは被爆都市広島であって私たち広島人が考えているような平和都市広島としてではない。平和都市広島のために何ができるのだろう、と考えるようになった」

と平尾氏。同時に、いわゆる発展途上国と呼ばれる地域を渡り歩く中で、インターネットやメディアが発達していない地域でのコミュニケーションが日本人が忘れかけている近所同士のつながりで成り立っていることに、感銘を受ける。

「自分が産まれたり住んでいるこの街への誇りを持って他の地域・他の国から来た人へ、この街をエンジョイしていってくれと言えるだろうかと考えた時に、僕は言えないと思った。広島は「惜しい」なんて言われながらも、自然も豊かだし産業もしっかりしている。でも、世界に広島を発信などと言うわりには、広島に住む僕たち自身がどれくらいこの街に住んでよかった、今の生活がどれほどありがたいと思っているかなんて、実は全く考えていない。広島に住んでいる人が広島を実感する、そんな場所があっていいんじゃないかと思った」

それが「ひろしまジン大学」発足のきっかけだった。広島の中の人が楽しんでいるから外の人も楽しそうと思える町づくりをしたい。自分ごと、として楽しめる街にしたい。その思いから学び舎はまるごと「広島県」そのものとした。

「広島のいろいろなことを教え合うというより、共有する授業を作ることにした。広島で生きている人の毎日を共有しようと思った。“広島の楽しい100人”と思いはすごく近い」

スタッフ8名で始めた。北広島でお米作りを学ぶ「田んぼゼミナール」はすでに5シーズン目となり、選挙前の時期に行われる「センキョの勉強」シリーズでは、演説する人を追いかけてみたり、県議会の議場で新聞社の記者を先生にしたりと楽しみながら選挙について学んでいる。広島で盛んな地域伝統芸能 神楽をテーマとし、過疎化に従って失われていく神楽の文化的意義と今後の課題を、神楽の衣装にそでを通しながら学ぶ講座も開いた。

「ジン大のジンは、『人』。ゴールではなくて一つの手段として、広島に暮らす1人1人から見えてくる広島を皆で共有することで、課題を解決し地域のこれからを作っていくきっかけを作りたい」

この5年間の学生数は計2400名。「生涯学習の場なので卒業はしない方が優秀!」と平尾氏は冗談を飛ばすが、その思いは真摯だ。学費は原則無料。行政や企業とタイアップし、福祉計画の一端を授業にしたり企業の商品開発を学生と行ったりと、受託事業としての収支で学費の9割をまかなっている。

「ひろしまジン大学のマークは、広島の小文字hと人の字を合わせてデザインした、人が一歩踏み出すイメージ。凄惨な過去を経験した広島だからこそ、ひとりひとりがもっともっと光っていくような、誰もが活躍するような街にしたい。一緒に皆さんと考えていくために・・・・・まずは、ご入学をお待ちしています!」

世界を歩いてきた平尾さんだからこそ言える広島への熱い気持ちがこめられた、爽やかな一言だった。
《築島 渉》

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