【本気の瞬間を聞く Vol.3】SUPER GTレーサー佐々木大樹……悔しいと思えるか、危機感があるか | RBB TODAY

【本気の瞬間を聞く Vol.3】SUPER GTレーサー佐々木大樹……悔しいと思えるか、危機感があるか

モチベーションを高く保ち、活躍している人たちに注目して、「本気の瞬間」、「勝負の時間」をテーマにインタビューを行う3回の連載企画。最終回は将来有望な若手レーサーのひとり、佐々木大樹選手の登場である。

エンタメ スポーツ
佐々木大樹選手
  • 佐々木大樹選手
  • KONDO RACING / NISSAN GT-R NISMO GT500
  • KONDO RACING / NISSAN GT-R NISMO GT500
  • 佐々木大樹選手
 読者諸兄姉の「本気の瞬間」、「勝負の時間」とはどんなときだろうか。モチベーションを高く保ち、活躍している人たちに注目して、「本気の瞬間」、「勝負の時間」をテーマにインタビューを行う3回の連載企画。最終回は将来有望な若手カーレーサーのひとり、佐々木大樹選手の登場である。

 佐々木選手は今季、「眠眠打破」もサポートするKONDO RACING(率いるのは近藤真彦監督)から「SUPER GT」シリーズの「GT500」クラスに参戦している。マシンはカーナンバー24の「NISSAN GT-R NISMO GT500」、コンビを組むドライバーは大ベテランのミハエル・クルム選手(夫人はテニスのクルム伊達公子選手)。まずは、現在22歳の佐々木選手がGT500で走っていることの意味と価値、これを説明しておこう。

 自動車レースの世界というのはとても複雑。ただ、大きく分けるならその系統は2つで、F1のようにタイヤがむき出しのマシンで競う「フォーミュラ」系と、タイヤがボディに覆われた形状のマシンで戦う「ハコ車」系ということになる。日本を中心に開催されている「SUPER GT」は、ハコ車のレースでは日本最高、あるいは世界最高といってもいい人気を誇るシリーズで、競技レベルも極めて高い。そのSUPER GTのなかでも上位クラスに相当する「GT500」に現在参戦中の15組30名のレギュラードライバーのなかでは、佐々木選手が最年少。国内外の精鋭レーサーが集う場所に22歳の若さで挑んでいる。

 この事実だけでも佐々木選手の能力と将来的期待値の高さが理解していただけるものと思うが、話を聞いてみると、どうやら佐々木選手は、「本気の瞬間」や「勝負の時間」を自分自身の気持ちのなかでコントロールする術を、幼少時から体得していたようである。

--- “職業”と呼ぶのにはちょっと特別なところも大きい職業ですが、佐々木選手がレーシングドライバーを目指すようになったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。

佐々木:僕、最初はレースに興味とかなかったんですよ。

--- 小さい頃にF1やSUPER GTを見て憧れて、というパターンではなかったんですね。

佐々木:僕の場合は全然違いますね。6~7歳の頃、父に「面白いところに連れていってあげる」って言われて、初めてゴーカートに乗ったんですけど、そのときもアクセル踏むのが恐くて……。ものすごく嫌でした。

--- 今、GT500で富士スピードウェイの直線を時速約300kmで走っている人の言葉とはとても思えませんけど、もしかしたらお父さまが自動車レース関係者かファンで、息子をレーサーにしたかった、ということですか?

佐々木:僕の父はボートレース(競艇)の選手養成学校の教官をしていたんです。

--- すると、お父さまはエンジンを積んで速さを競う競技を何かしら佐々木選手にやってほしかった、ということでしょうか。

佐々木:僕があまり背の高い方じゃなかったので、何か自信のもてることを幼少時からやらせてあげよう、ということだったんだと思います。カートは身長が低くてもできますからね。

--- 格闘技やバスケットボールなどとは違って、カートやボートレースでは身体が小さい方がむしろ有利。とにかく、お父さまは佐々木少年に勝負の世界に生きる人間になってほしかったんですね。

佐々木:そうだと思います。ただ、最初はスピードが恐くて、乗るのが本当に嫌でした。「アクセル踏めない」って言うと、父にガムテープでグルグル巻きにされてアクセルを戻らなくさせられたりもしましたけどね(笑)。

--- さすがボートレース学校教官、という感じの厳しさですね。22歳にしてGT500まで栄達したトップドライバーの初期経験談としては、佐々木選手の場合は意外なエピソードも多い印象です。乗るのが恐かったカートですけど、どのタイミングで佐々木少年の心境が変化したのでしょうか?

佐々木:小さい頃のことなのでよく覚えていないところもありますけど、乗っていくうちに、子供ながらに吹っ切れるタイミングって来るんですよ。そこから、楽しみながら乗れるようになっていったんだと思います。まだそんなに速いレベルのカートではなかったわけですけど、「意外といけるじゃん」と自分で思ってから、ですね。

《遠藤俊幸》

関連ニュース

特集

page top