【井元康一郎のビフォーアフター】燃料電池車にネクストステージはあるか | RBB TODAY
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【井元康一郎のビフォーアフター】燃料電池車にネクストステージはあるか

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日産の次世代燃料電池スタック
  • 日産の次世代燃料電池スタック
  • 日産の次世代燃料電池スタック
  • 日産の酒井弘正主任研究員と新燃料電池(写真:右側が新燃料電池)
  • 日産の燃料電池車 エクストレイルFCV
  • ホンダの燃料電池車 FCXクラリティ
  • トヨタの燃料電池実験車、FCHV-adv
プラグインハイブリッド(PHEV)、電気自動車(EV)、航続距離延長型電気自動車(E-REV)など、次世代エコカーの開発や技術革新が注目を集める一方で、水素を使って走る燃料電池車(FCEV)をめぐる戦いもまた静かにヒートアップしている。


◆プラチナ4分の1に---超コンパクトな日産の次世代燃料電池スタック

日産自動車は10月13日、次世代燃料電池スタックを技術発表した。燃料電池のウィークポイントである体積出力密度(装置の体積1リットルにつきどれだけのパワーを出せるかという指標)を、同社の現行FCEV『エクストレイルFCV』に搭載されているスタックの2.5倍に相当する2.5kW(3.4馬力)/リットルに高めて小型軽量化。また高価なプラチナの使用量を旧型比で4分の1、トータルコストを6分の1への引き下げを目指すという意欲作だ。

マスメディア向けの先進技術説明会にはその試作機が展示されていた。旧型スタックの横に置かれた最高出力85kW(115馬力)の新型スタックは非常にコンパクトなものだった。とりわけ印象的だったのはスタックケースの薄さだ。

自動車用燃料電池は家庭用燃料電池コジェネレーションシステム(天然ガスなどを改質して水素を取り出し、発電と給湯を行う装置)にして100基分前後という大型機である。その規模からはちょっと想像できない薄さで、一目見たときは燃料電池本体と認識できず、電力を調節するためのパワーコントロールユニットか何かだと思ったほどだった。

日産の現行型スタックは基本設計が古く、寸法も重量も大きい。それに比べて寸法が従来比2分の1以下というのはいささか大げさだが、ライバルメーカーの現行品と比べても数値的な優位性は圧倒的だ。今日実用化されているFCEVで最も先進的なモデルは、ホンダ『FCXクラリティ』である。大型の燃料電池スタックを積むには通常、SUVのように床下に大きなスペースを確保しやすいボディ形状が必要だった。

ホンダの研究開発子会社である本田技術研究所は、水素を一般的な燃料電池スタックのような横方向ではなく、縦方向に流せる「V FLOW(Vフロー)」という構造を考案し、平置きではなく縦置きできる出力100kW(136馬力)、体積62リットルの燃料電池スタックを開発した。FCEVとしては異例に全高の低いFCXクラリティのフォルムはVフロースタックを運転席と助手席の間に搭載することで実現されたものだ。

が、高密度化がはかられた日産の次世代スタックは容積わずか34リットル。ここまで来ると、スタックを縦置きせずとも、セダンタイプのクルマにも楽々と横置き搭載できてしまいそうな寸法だ。


◆トヨタが燃料電池車500万円なら、日産はもっと安く

従来型の6分の1というコストダウンの進展も興味深い点だ。

「トヨタさんは数年のうちに実用的なFCEVを500万円で売ると言っている。ウチがそれより高いなどということはあってはならない。安く作るための工夫を全力でやるのはもちろんだが、スタック本体の低コスト化はだいぶ進んだ。今後はむしろ水素を搭載するための70メガパスカル(700気圧)級タンクのコストが焦点になると思う。現在は宇宙航空用のカーボン複合材料を使っているが、これからはもっと価格の低いカーボン素材で作れるようにしなければ」

新型スタックの開発に参加している日産エンジニアは、近い将来勃発することが確実視されているFCEVの価格競争での勝ち残りにこう意欲を燃やす。つい数年前まで、製作コストが1台1億円などとささやかれていたのが、遠い昔の話のようである。

もっとも、一般ユーザーがFCEVの市販車をポンと買って乗り回せるようになるメドは今日でもほとんど立っていない。FCEVの課題としてイメージされるのは、自動車用に適している固体高分子型燃料電池が希少金属である白金を大量に使用すること、深海潜水艇の耐圧隔壁なみのハイスペックな高圧タンクを必要とすることだが、実は技術革新が日進月歩で進んでおり、そう悲観的になる必要はないという見方が優勢だ。最大の課題は、燃料となる水素の製造と価格である。


◆水素エネルギー供給の本命技術、原子力に降りかかった厄災

世界の多くの国が水素エネルギーを重要視してきた背景の一つとなっていたものに、原子力エネルギーの有効活用がある。原子炉は建設と廃棄に巨額の費用かかる一方で、発電のための核燃料の費用は生み出すエネルギーの大きさに比べればタダ同然という特質がある。設計年次の新しい原子炉は昔と違って出力調整の自由度がかなり上がっているが、せっかく作った原子炉はやはり、電力使用量が減る夜間も含めて24時間ぶっ続けで全力運転させたいところ。

そこで出てきたアイデアが、安全性が高い次世代原子炉である高温ガス炉を早期に実用化して建設し、電力需要が小さい時に発電ではなく熱を使って水素を直接生産するというプランだ。が、今年3月の東北地方太平洋沖地震で発生した福島原発の重大事故で、先進国がおしなべて縮原発に向かっている。

「原発災害の当事国である日本はもとより、欧州はチェルノブイリショック、アメリカはスリーマイルショックと、それぞれ原子力へのトラウマを抱いていて、今はいくら高温ガス炉なら安全とプレゼンしても耳を貸してもらえないことが多い」

重工メーカーの技術者はこのように頭を抱える。原子力によって純水素をタダ同然で発生させるというプランは、実現したとしても相当先の話になってしまいそうだ。


◆副産物の水素利用に期待---課題は輸送と水素ステーションのコスト

原子力が使えないとなると、頼みの綱は製鉄、石油精製、水酸化ナトリウム製造などの工程で副産物として発生する副生水素である。この副生水素はFCEVの固体高分子型燃料電池に使うには不純物が多いが、純水素化のコストなどたかが知れている。生産量は馬鹿にならず、かりに日本の車を全部FCEVにしても燃料のほとんどを供給できる計算になるという。

今はこの副生水素を、たとえば製鉄所では酸化鉄を純鉄に変える水素還元(中学校の理科の授業で習う酸化銅の水素還元と同じ原理)に使うなど、各産業で有効活用している。が、「炭素還元と違ってCO2を出さない水素還元は経済産業省の助成対象でもあるので取り組んでいるが、副生水素に燃料としての価値があるなら、水素ガスを自己消費ではなく外販したいという気持ちはあるという声を聞いています」(日産のFCEVエンジニア)

問題は燃料価格である。FCEV用に純化した副生水素1立方Nm(温度0度時の1立方m)あたりの価格は純水素化してもせいぜい10円台であるという。水素は1mol(22.4リットル)あたり2gなので1kgの体積は11.2立方m。以前、ホンダFCXクラリティ(水素搭載量約5kg)を東京都内で運転してみたことがあるが、その時の燃費はおおむね100km/水素1kg前後であった。そのことを勘案すると、走行コストはEVか、それ以上に安いように思える。

が、現実は厳しい。経産省が実証実験を通じて得られたデータから推計した市販時のコスト構造を見ると、燃料の高圧輸送とステーション建設・維持費が燃料原価の4倍ほどもかかってしまい、末端価格は一気に跳ね上がってしまう。燃料電池実用化推進協議会(会長・張富士夫トヨタ自動車会長)は一度に大量の水素を運べる液体水素輸送もシミュレーションしたが、現在の技術ではかえってコスト高になってしまうという。有機ハイドライド(水素を別の物質と化合させて常温時に液体保存できるようにしたもの)開発など、輸送の技術革新は急務であろう。

水素スタンドも、日本の高圧ガス規制が供給圧力の4倍に耐える設備強度が義務付けられており、3倍が標準である海外に比べて著しいコスト高になってしまっているのも痛い。海外では1か所5000万円で建設できるのに対し、日本では2億円もかかってしまうのだ。低コスト化にあたっては、こうした制度面の改革も必要である。


◆クルマとしての魅力は抜群。FCEVは羽ばたけるか

難産をきわめているFCEVだが、救いはクルマとしての魅力が非常に高いことだ。筆者はFCXクラリティのほか、トヨタの『FCHV-adv(アドバンス)』もドライブしてみたが、いずれも1.6t超という重量級ボディであるにもかかわらず走りはとても力強く、静粛性も極めて高かった。航続距離はEVとは比較にならないほど長く、エネルギーチャージもごく短時間ですむ。

車両価格500万円は絶対的には高く感じられるが、そのくらいで市販できるのであれば、もう少しコストを割いてプレミアムサルーンのエコカーにすれば、富裕層をつかめる可能性も、なきにしもあらずである。大型のリチウムイオン電池を積み、ストロングハイブリッド化すれば、出力200kW(272馬力)級くらいのサルーンもできそうである。

経産省の当初のアドバルーンによれば、今頃はもう5万台くらいは走っているはずであったFCEVだが、現在プロジェクトは遅れに遅れ、ほとんど路上を走っていない。世界初の“量産FCEV”をうたい、3年で200台生産を目指したホンダ『FCX』も、誕生から満3年にあたる今年11月を前にして「生産台数は目標に大きく届かない」(ホンダ関係者)状態である。

ここにきて再び高まってきたFCEV開発熱は、果たして難産続きの技術を大きく羽ばたかせることができるか。
《井元康一郎@レスポンス》
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