【本気の瞬間を聞く Vol.1】アートディレクター秋山具義……あなたはなぜその仕事するのか | RBB TODAY

【本気の瞬間を聞く Vol.1】アートディレクター秋山具義……あなたはなぜその仕事するのか

エンタープライズ その他

秋山具義氏
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  • AKB48「さよならクロール」
  • 常盤薬品工業「眠眠打破×秋元康」CM
 読者諸兄姉の「本気の瞬間」、「勝負の時間」とはどんなときだろうか。モチベーションを高く保ち、活躍している人たちに注目し、「本気の瞬間」、「勝負の時間」をテーマにインタビューを行う3回の連載企画。第1回目は、秋元康氏を起用し話題の「眠眠打破」CMに携わった、アートディレクター・秋山具義氏に話をきいた。

 PARCO、シャープなどの広告を始め、金色に輝く「マルちゃん正麺」のパッケージやAKB48「さよならクロール」のCDジャケット、NHK「ワラッチャオ!」のキャラクターデザイン、立命館大学のコミュニケーションマークetc……、様々な広告やデザインを手掛けているアートディレクターの秋山氏。広告の仕事に就いたきっかけや、仕事が大変なときの乗り切り方、ここぞという「勝負時間」について、秋山氏ならではの“仕事作法”についてインタビューした。

--- まず今のお仕事に就いたきっかけを教えてください。

秋山:僕が日本大学芸術学部の美術学科(現・デザイン学科)にいた学生時代は1980年代後半でバブル絶頂期で、広告がものすごく元気良かったんです。当時、通学ルートの乗り換え駅である池袋駅にあった広告がものすごく面白かった。大貫卓也さんのやっていたとしまえんとか、西武百貨店とか、PARCOとかいいポスターがたくさんあって。

 それで、当時はいろんな企業がメセナというか、コンペや公募展をたくさんやっていたんですね。で、僕も当時「いずみや」、今は「.Too」という名前になっている画材屋さんがいずみやクレセントコンペというのを主催していて、そのコンペの第3回目でグランプリを穫ったんです。そのときの審査員だった葛西薫さんや奥村靫正さん、清水正己さんといったアートディレクターの方たちと知り合ったりしたというきっかけもありました。美大のデザイン科と言っても目指す方向はいろいろあるんですけど、圧倒的に広告の仕事がやりたかったんです。

 で、1990年にI&S(現・I&S BBDO)という広告代理店に新入社員として入って、クリエイティブ局に配属されて、99年に独立してDairy Freshという会社を立ち上げ、今に至る、という流れです。

--- じゃあ、結構最初から思い通りの仕事に就けた、という感じなんですね。

秋山:まあ、学生時代はH社に入りたかったですよ(笑)。だからすべてが順調だったわけではないです。

--- 独立されたのはどういうきっかけなんですか?

秋山:会社に10年はいないだろうなっていうのは最初から思っていたんです。90年に入社したんですけど、10年後がちょうど20世紀から21世紀になるタイミングだったんで、21世紀になる前に自分の名前で仕事ができるようになりたいな、と思っていました。

--- ちなみに「Dairy Fresh」という社名の由来は何でしょうか?

秋山:これは糸井重里さんにつけてもらったんですけど、そのとき糸井さんが牛乳ブームだったんですよ、確か。「Dairy」は“毎日”の意味の「Daily」ではなくて、“乳製品”の方。LじゃなくてRなんです。だから「新鮮な牛乳販売店」みたいな意味なんですよ。牛乳って白くて新鮮な飲み物だけど、コーヒーを入れたらコーヒー牛乳に、苺を入れたら苺ミルクにもなるし、バターやチーズにも加工される。新鮮なデザインや企画をつくったり、しかもいろいろ加工できたりもする、という意味合いが込められてます。

--- それはいい名前ですね。ところで、失礼な質問になるかもしれませんが、「グギ」さんって変わったお名前ですよね?

秋山:本当は「ともよし」って読むんです。高校のときに何でも音読みで読む先生がいて、出席を取るときに「グギ」って呼ばれたのでそこから(笑)。濁音って気になる音だし、クリエイターって興味惹かれないと仕事来ないんじゃない、と思って(笑)、会社に入ってすぐ名刺も勝手に「グギ」に変えちゃったんです。

《奥 麻里奈》

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