【たわごと日和。】第2回 理系大学院の研究室ってどんなところ? | RBB TODAY

【たわごと日和。】第2回 理系大学院の研究室ってどんなところ?

 担当編集S氏と打ち合わせをした際、「理系の研究室でなにをしているのかイメージできない」と彼はいった。白衣を着てあやしげな液体をフラスコのなかでゆさゆさするという印象が強いとのこと。この認識は概ねまちがっていないが、大きなまちがいを含むあたり始末が悪い。

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写真はイメージです。(c)GettyImages
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 「パウリの排他原理」で有名な理論物理学の偉人ヴォルフガング・パウリはひどく実験が下手な科学者だった。あまりにも実験が下手すぎたので「実験が失敗するのはパウリのせい」というジョークも生まれ、これは「パウリ効果」として広く知られて複数の逸話がいまでもよく語られている。

 なかでも有名なのは、ゲッティンゲンの研究所における爆発事故だ。実験中におこったこの事故で研究員はまずさきにパウリを疑ったが、かれはその日はとある街を目指して列車に乗っていた。しかし調べてみると、事故が起こった時刻、パウリを乗せた列車はちょうどゲッティンゲンに停車中だったことが明らかになったという。

※【たわごと日和。】第1回 「発想」はどこからやってくるのか……羽生善治の「大局観」とAIによる「演算処理」

理系の研究室では日夜フラスコが揺られているのか?


 この話はさておき、ぼくは関西に住んでいるのだが、先日、学生時代に妹のようにかわいがっていた後輩の結婚式に出席するという半メロス的な理由(親友が人質にとらわれていたわけではない)で東京にいった。その機会にRBB TODAYの担当編集S氏と打ち合わせをした際、「理系の大学院生は研究室でなにをしているのかイメージできない」とかれはいった。特に自然科学の「研究」は、白衣を着てなにやらあやしげな液体をフラスコのなかでゆさゆさするという印象が強い、むしろそれしかない、とのことらしい。端的にいえば、この認識は概ねまちがっていないが、大きなまちがいを含むあたり始末が悪い。

写真はイメージです。(c)GettyImages
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 ぼく自身、工学部の大学院に5年在籍していたが、実のところ「研究室」という環境は研究室ごとにまったく異なるルールや文化があるために一概に「こういう場所です!」とは断言できない。

 それと同様の理由で「学歴」として大学院をとらえようとしてみても「大学名」はほぼ意味をなさない。東大や京大などのいわゆる「トップ校」にはたしかに豊富な予算や設備があるが、「優れた研究」というのはそれだけでなされるものではなく、特に学会に出ると純粋に実力だけが他の研究者に見られることになる。

 もちろん、就職活動など学問外のあれこれではやはり「研究室」や「研究内容」でなく「大学名」が採用担当者の関心を大きく引いているという現状はある。前職である求人広告の営業をしていたときに強く感じたわけだが、やはり「大学院」という場所について話すとき、まずはこのことを前提としておきたい。

理系の研究室は大きく分けて3種類ある


 前置きはこの程度にして、具体的な話に移りたいとおもう。無理矢理に一般化するのは性に合わないのだが、細部に目を瞑って理系研究室を分類すると以下の3種類になると考えられる。

・実験系
・理論系
・シミュレーション系

 それぞれがなにをするかは読んで字のごとくであるが、あえて説明すると、実験系は実験をし、理論系は理論研究をし、シミュレーション系はコンピュータを使ってシミュレーションをする。担当のS氏が想起したイメージは「実験系」に該当する。農学や地学などではフィールドワークも入ってくるが、これは便宜上「実験系」に含まれるものとして扱うことにする。

その1:実験系


 この説明でもまだ怒られそうなのでもうすこし詳しく説明すると、この3つのどれにあたるかによって、研究室に所属する学生にかかる「物理的な拘束(ことばは悪いが、特に批判的な意味はない)」が変わってくる。

写真はイメージです。(c)GettyImages
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 たとえば実験系であれば、研究するためには大小さまざまな規模の装置や実験試料の確保、実験環境の調整(温度や湿度みたいなものだと考えて問題ない)などが必要になる。そのため、実験室の使用がシフト制になっていたり、個人でなくチームとして研究をおこなったりするケースが多い。ぼく自身、学部の1年間だけこのタイプの研究室に所属していた。

 このような物理的な制限があるせいか、9時~18時までなどのコアタイムが設定されている研究室が比較的多いという特徴があるようにおもわれ、ひとによって「キツい」とか「ブラック」とかを感じやすい傾向にある。

 もちろん一概にそうとはいえないが、ぼくの友人が所属していた有機化学系の研究室では、就職した先輩がふらっと立ち寄った際に、「お前ら知っているか、会社って働いたらお金を貰えるんだぜ……!」と学生たちに教え、かれらに大きな示唆を与えたという事件が起こったりもした。

その2:理論系


 冒頭でパウリの実験についての逸話を紹介したが、この「実験系」と対極的ともいえる特徴を持つのが「理論系」だ。

写真はイメージです。(c)GettyImages
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 主に数学や理論物理の研究で多いのがこのタイプで、紙とペンを使ってゴリゴリ計算し、新たな定理やモデルなどを発見・提唱するようなことをしているとイメージしてもらいたい。

 極論になるが、理論系は脳みそと紙とペンさえあれば「いつでもどこでも研究ができる」ので、学生それぞれが個人で黙々と研究をし、週1の定例ミーティングなど以外で研究室にいる必要は特になく、指導教官の教育方針によるが、概ね物理的拘束が緩い傾向にある。そのせいか、ひたすら研究しつづける学生とまったく研究をしない学生の差が激しいという印象をぼくは持っている。

 また、これも個人的な印象でしかないのだけれど、理論系で博士課程へ進学する猛者は総じて変態的な頭脳と集中力を持っている奴が多かった。夜に酒を飲みながら研究の着想を得て、夢のなかで計算し、その結果を朝起きてノートにまとめる、なんて話もわりとよく聞いたりもした。

その3:シミュレーション系


 そして「実験系」と「理論系」の中間、または橋渡し的なポジションにあるのが3つめの「シミュレーション系」で、ぼく自身も大学院時代の5年間はこのタイプの研究室に所属していた。

写真はイメージです。(c)GettyImages
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 実験結果を説明するメカニズムの解明であったり、あるいはある理論・モデルから導かれるだろう現象を議論するなど、コンピュータの演算能力を使って自然科学へのアプローチを主におこなっている。また研究室の方針により、実験系に近かったり理論系に近かったりし、ぼくの所属していた研究室は理論系にちかいスタンスをとっていた。

 ぼく自身の話になるのだが、研究室生活は上述の「理論系」にかなり近かった。文献を読み、計算モデルを構築し、コードを書き、先行研究の実験結果や理論との比較をおこなうことが基本的な「業務」だったが、定例ミーティングや大きな系の計算を走らせる以外ではどこでもできたので、研究室に何日も泊まり込むこともあれば、ファミレスで悶々とやっていた日もあった。

 ちなみにぼくの指導教官は、研究の新テーマを考えるときはだいたい自宅近くの某ドーナツ店で悶々としていたらしい。

もちろん「どれかひとつ」というわけではない


 上記のように、理系大学院の研究を(かなり)粗く紹介したわけだけれど、もちろん実験系は実験だけをやっていればいいというわけではない。

 けっきょく研究者になれなかったぼくがいう話ではないが、研究者として生き残っていくためには「特化」や「横断」が重要になり、博士論文を書くならば特別突き抜けた才能を見せない限り、実験・理論・シミュレーションそれぞれの心得は必要になってくる。実験結果の分析には数値計算の技術が求められ、理論の妥当性の評価にはやはり実験結果が不可欠になる。研究者として成果を出し続けるためには、プロジェクトを独力で企画・構築・実行する能力が求められる。

 こういうと、意外と「会社員と変わらねぇじゃん!」とおもうかもしれないが、まさしくそうだとおもう。じぶんでできることは多いほうが良いし、じぶんができないことはリーダーシップを発揮して共同研究などで他者を巻き込んでいくこともときに必要になる。ただ、そうしたリーダーシップはビジネス上のコミュニケーション能力によりついてくるものではなく、あくまでそのひとの研究者としての実力により培われるものだったりもする。

 冒頭のパウリにしてもそうだけれど、科学の歴史を振り返ってみれば、才能あるところに才能があつまり、それゆえに偉業が達成されている。特にコンピュータが現在のように一般的でなかった時代では、そうした「才能のコラボレーション」が記録として残っている以上にたくさんあったのではないだろうか、なんてことをよくおもう。

 ともあれ、研究者が研究を続けるのは社会的名誉なんかよりも、研究それ自体がとにかくおもしろいから結果的に「続けてしまっていた」という話をよく聞く。

 学生時代に指導教官に、「研究のおもしろさってなんだとおもいますか?」ときいてみたことがある。するとかれは腕を組んでしばらく考え込み、コーヒーを一口啜ってからこういった。

 「このことは世界で俺しか知らないって、なんか良いよね」


著者:まちゃひこ

【著者】まちゃひこ
京都大学大学院に在学中、日本学術振興会(JSPS)特別研究員やカーネギーメロン大学への客員研究員としての留学を経験。博士課程を単位取得中退後、いろいろあって広告代理店の営業職として就職。そしてまたいろいろあってフリーライターとなる。文芸作品のレビューや自然科学のコラムを中心に書いている他、創作プロジェクト「大滝瓶太」を主宰し、小説の創作や翻訳を行っている。電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より短篇集『コロニアルタイム』を2017年に発表。読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』やTwitter(@macha_hiko)でも発信中。
■読書中心のブログ『カプリスのかたちをしたアラベスク』http://www.waka-macha.com/
■Twitter https://twitter.com/macha_hiko
《まちゃひこ》

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