【テクニカルレポート】携帯電話基地局用アンプの移り変わり……日本無線技報 | RBB TODAY

【テクニカルレポート】携帯電話基地局用アンプの移り変わり……日本無線技報

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図1 W-CDMA基地局用LPA
  • 図1 W-CDMA基地局用LPA
  • 表1 RRH試作装置主要諸元
  • 図2 FF方式の原理図
  • 図3 PDC基地局送信増幅装置の出力スペクトラム
  • 図4 W-CDMA用LPAの進化
  • 図5 FF方式LPAの効率変遷
  • 図6 E級(GaN)ドハティアンプモジュール
  • 図7 RRH装置ブロック図例
要旨
 当社の移動体通信向けLPA(Linear Power Amplifier)は、SAFF(Self Adjusting Feed Forward:自己制御形フィードフォワード)から始まり、高速FF(Feed Forward)、DPD(Digital Pre-Distortion:デジタル歪補償方式)へと進化し、低消費電力化、小型化、低価格化が進んだ。さらに、アンプの自動調整化を実現し、飛躍的な生産性向上を達成した。一方、パワーデバイスの世代変遷とともにアンプ構成も並列構成からドハティへと進化し、効率改善を続けてきた。ここでは、これら技術の変遷を紹介し、最後に今後の更なる進化のための取り組みを述べる。


1. まえがき
 LPA(Linear Power Amplifier)は、振幅情報を正確に再現し、歪の発生を極限まで低減した直線電力増幅器である。

 当社の移動体通信向けLPAは、1992年(平成4年)にFF(Feed Forward)方式の歪補償を搭載したアンプの量産化に世界で初めて成功したことから始まった。

  その後は、同期検波方式による高速FF、DPD(Digital Pre-Distortion:デジタル歪補償方式)へと進化した。その間、アンプの自動調整化の達成による飛躍的な生産性向上の実現と相まって、日本国内での自社生産を守り続け、今なお国際競争力を維持している。

 一方、パワーデバイスの世代変遷とともにアンプ構成も並列構成からドハティへと進化し効率改善を続けてきた。

 これら技術の変遷と、今後の取り組みについて報告する。


2. LPA開発の歴史
 当社のLPAの歴史は、電子管によるアナログTV用中継放送機に端を発し、固体化後も小型化・低消費電力化を追求した低歪み大電力増幅器を開発設計してきた技術が基礎となっている。当時の放送機用電力増幅器は、歪補償を使用せずに低消費電力・低歪みを実現しており、この技術を応用することで移動体通信向けLPAの開発を有利に進めることができた。

 一方、第1世代携帯電話基地局用電力増幅器として、C級のFM用電力増幅器で、移動体通信の基地局設備供給に参入していた。

 これらを背景に、当社の移動体通信向けLPA開発は、日本の第2世代携帯電話サービス(PDC方式)の開発と同時に1989年(平成元年)に始まった。

 その後、ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合)のIMT-2000プロジェクトから誕生した3GPPのW-CDMA方式(2001年)及び3GPP2のcdma2000方式(2002年)の2システム向けLPAを開発した。更に1995年(平成7年)にサービスが始まったPHS(Personal Handyphone System)向けLPAを開発し、2010年(平成22年)に本格稼働した第3.9世代のLTE(Long Term Evolution)向けLPAの開発など様々な通信システムへの対応を果たした。図1に、W-CDMA基地局用LPAの外観を示す。

 また、LPA以外にも受信用低雑音増幅器などの移動体通信基地局設備のフロントエンド装置、レピータ装置、光伝送装置などを次々と開発した。

  表1に、最新のDPD方式LPAを搭載したRRH(Remote Radio Head:デジタルインタフェース、DPD、受信変換部を含んだフロントエンド装置)試作機の主要諸元を示す。


3. FF方式の夜明け
 1992年(平成4年)よりサービスが開始されたPDC方式の基地局用電力増幅器として多周波共通増幅器が採用された。

 当社は当時、高い歪補償能力がある反面、安定動作が難しく実用化が困難とされていたFF方式の歪補償にチャレンジした。その結果当社は自己制御型FF方式であるSAFF(Self Adjusting Feed Forward)LPAを開発して動作安定度を大きく改善し、世界で初めてFF方式LPAの量産化に成功した。初期モデルでは、1セクタあたり最大16キャリアを同時増幅しLPA出力8Wが得られた。

 FF方式は図2の原理図に示す通り、メインアンプ、エラーアンプ、方向性結合器、遅延線、ゲイン及び位相調整器、そして図示されていないループ制御回路より構成される。入力信号はメインアンプと遅延線へ分配され、歪成分が含まれたメインアンプ出力の主信号と、遅延線からの主信号と逆相合成して歪成分のみを抽出する。抽出された歪成分は線形なエラーアンプで増幅し遅延線を通った歪成分を含むメインアンプ出力信号と逆相合成される。この合成により出力信号の歪成分が除去される。

 FF方式の採用により、低消費電力で30dB以上の歪抑圧量を達成した。図3は、32W LPA 定格出力時の送信出力スペクトラムである。


4. 開花するFF方式
 当初800MHz帯で8W出力からスタートしたFF方式LPAは、大出力化の要請を受け16W、32W、48Wとバリエーションを増やしていった。同時に、携帯電話加入者の増加に伴う容量増加の一環として様々な周波数が追加割り当てされ、海外向けを含めて800/900MHz帯、1.5GHz帯、1.7GHz帯、1.9GHz帯の周波数に対応するなど、当社製品のバリエーションは拡大していった。

FF方式LPAは、PDC向けLPAの開発に成功して以来22年間、小型化、高出力化、高効率化、周波数拡大、海外進出などの進化を続け、現在までに累計約36万台が生産された。

 需要の増大にこたえるため、1999年(平成11年)に専用工場としてLPA工場が建設された。これにより生産量は飛躍的に増加し、LPA工場の生産能力最大となる月産6,000台の時期がしばらく継続した。さらに、これまで熟練工が手動で調整していた工程の全てを自動調整化することにも成功した。

 当社は、生産量の増加に対応する一方、小型化・低消費電力化も推進してきた。図4に同一機種のモデルチェンジにより、内部回路が小型化していく様子を示す。

 当社は、FF方式のループ制御をこれまでのCPUが行っていた方式から進化させた、同期検波による高速自動補正方式を発明した。この方式は、アナログ制御により瞬時に歪補償動作が収束するため、制御遅れによる歪特性劣化がなく、またCPUをループ制御から解放した。

 これら改善の積み重ねによる効率の変遷を図5に示す。


5. 第3世代にも対応したFF方式
 時代は変わり、W-CDMA/cdma2000といった第3世代へ移行していった。しかし、変調方式が変わっても、FF方式LPAは何の問題もなく対応することができた。

 また、2003年(平成15年)には更なる小型化、高効率化、低価格化への要求に応えるべく、 FF方式のような誤差増幅器を必要としない、当社独自の歪補償方式であるPCPD(Power Combining Pre-Distortion)歪補償技術を開発した。このLPAは世界的な低価格志向にマッチし、往時は年間2万台を越える量産出荷モデルとなった。

 しかしながら、第3世代基地局のマルチキャリア信号は、10dBを超えるPAPR(Peak to Average Power Ratio)を有するため、従来のAB級の主増幅器では高効率化に限界があった。よって、主増幅器のさらなる高効率化を目指して、デバイスとアーキテクチャの両面から開発に取組んだ。パワーデバイスとしては、従来のGaAsMESFET、LDMOSデバイスに加えて、高効率性に優れたGaNデバイスを採用し、デバイスメーカと共にE級やF級パワーデバイスの開発を行った。アーキテクチャに関しては、1930年代のAM送信機の技術であったドハティ方式とLINC (Linearization using Nonlinear Components)方式を、第3世代基地局アンプに応用する開発を進めた。

 現在、ドハティ方式は、第3世代基地局アンプの主増幅器として広く製品に使用されるようになった。図6は当時当社が開発したパワーアンプモジュールの試作品であり、主増幅器はGaNのE級デバイスを用いたドハティ方式となっている。アンプモジュールは、2GHz帯で出力30W、利得60dB、モジュール効率43%であり、出力アイソレータも含む多段アンプモジュールとしては、当時の世界最高レベルの効率であった。

 ドハティ方式は、バックオフ6dBで原理上の効率が最高となる対称ドハティ方式から、より大きなバックオフ動作時の効率を高めるための非対称ドハティ方式へと進化を続けている。


6. デジタル化
 第3世代基地局への更新を機に、基地局ベンダ各社はDPD方式へ移行していった。当社も2004年よりDPD方式LPAの開発に着手した。効率の点で、FF方式よりもDPD方式が優位であるため、第3世代基地局への更新時点でFF方式からDPD方式へ世代交代が起こった。

 一方、Open-Interface化が進み、CPRI/OBSAI等の標準規格が制定され、基地局装置と光張出し装置やRRH装置の間をデジタル化し光ファイバで接続することが可能となった。RF部がデジタルインタフェースにより独立したため、RRH装置では高速デジタル信号処理を内蔵することとなった。図7に、RRH装置のブロック図例を示す。


7. DPD方式
 DPD方式の動作原理を,図8のブロック図に従い説明する。入力された送信信号は補間フィルタ(IPF)によりオーバーサ ン プ リ ン グ さ れ、 リ ミ ッ タ でCCDF(Complementary cumulative distribution function)を満たすようにピーク圧縮され、チャネル変調器(CH MOD)と数値制御発振器(NCO)で送信帯域内でのチャネルのキャリア配置を施した後、DPD処理部に至る。

 DPD処理部ではパワーアンプの歪特性を打消す逆歪特性を求めて送信信号に付加する。その後、送信信号は中間周波数(IF)に変換され、デジタルアナログ変換器(DAC)を経由し、無線周波数(RF)に変換され、パワーアンプから送信される。DPD処理部で付加する逆歪特性は、DPD処理部から出力したリファレンス信号と、パワーアンプから出力した送信信号を、IFに変換した後、アナログデジタル変換器(ADC)を経由して、ベースバンドに変換したフィードバック信号とを用いて演算部で演算処理して求める。

 DPD処理の特徴の一つとして、パワーアンプのメモリ効果対応がある。メモリ効果とは、パワーアンプ出力が、入力信号の瞬時値のみではなく過去の変遷にも影響される現象である。メモリ効果は、広帯域信号に対して特に顕著となるため、マルチキャリア信号を扱う基地局用DPDアンプにはメモリ効果対応が必須である。当社は独自のメモリ効果対応DPDアルゴリズムとRF回路技術との協調により、この課題に対処して所望の性能を実現した。また、DPD方式LPAは、FF方式LPAに比較して格段の効率改善を達成した。

 パワーアンプのためのもう一つの重要なデジタルアシスト機能として、リミッタが挙げられる。第3.9世代のLTE方式に使われるOFDM信号は、多数のキャリアの合成となっているため、大きなピーク成分を持っている。リミッタは、帯域外漏洩電力を増加させずにピーク成分を圧縮する。但し、ピーク圧縮によりEVM(Error Vector Magnitude)の劣化は不可避である。

 当社は、EVM劣化が少なく帯域外歪の劣化が少ない独自のリミッタを開発し使用している。図9に一般的なクリッパ処理と当社製リミッタでのOFDM信号のスペクトラムの違いを示す。

 DPD方式LPAの低コスト化・小型化・低電力化のために、当社で開発したDPD処理部及びリミッタを内蔵したASIC(Application Specific Integrated Circuit)を開発した。図10にASICの写真を示す。本ASICは、完全自社開発で2009年12月に開発完了した。図11に当社製ASICを搭載した初の商用機である屋外送受信装置の外観を示す。


8. あとがき
 これまで、述べてきた通り、移動体通信用LPAは様々な技術を取り込み進化してきた。今後はLPAの高効率化に加えて大容量データ転送のため、超広帯域化が必要になる。高効率技術と広帯域技術は今後のLPAの重要なパラメータであり、どちらも妥協しない小型で低価格のLPAの登場が期待されている。

 当社は移動体通信基地局用LPAのパイオニアとして、世界の移動体通信インフラ市場でその使命を果たしてきた。今後も、伸び続けるトラフィックや新しい通信システムに対応するべく、これまでのLPA開発で得た技術の蓄積と、新技術の取り込みによる技術革新を継続し、市場要求を満たすLPAを開発していく所存である。

●執筆者紹介
加藤謹司 Kinji Kato
誉田環 Tamaki Honda
伊藤恵二郎 Keijiro Ito
高橋英紀 Eiki Takahashi

※本記事は日本無線株式会社より許可を得て、同社の発行する「日本無線技報」No.60 2011 - 24収録の論文を転載したものである。
《RBB TODAY》

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