まさかの「オウムっぽい」の声 LE SSERAFIMの新曲MVに登場する“空中浮遊”にザワつき、笑えないワケ | RBB TODAY
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まさかの「オウムっぽい」の声 LE SSERAFIMの新曲MVに登場する“空中浮遊”にザワつき、笑えないワケ

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まさかの「オウムっぽい」の声 LE SSERAFIMの新曲MVに登場する“空中浮遊”にザワつき、笑えないワケ
  • まさかの「オウムっぽい」の声 LE SSERAFIMの新曲MVに登場する“空中浮遊”にザワつき、笑えないワケ

ガールズグループLE SSERAFIMの新曲ミュージックビデオの一場面が、一部ネットユーザーの間で議論を呼んでいる。

一部で指摘されているのは、『BOOMPALA』のMVでメンバーが座禅のような姿勢を取り、空中に浮くように見えるシーンだ。

【画像】「どこがオウムなのかっ!」問題のシーン

スピリチュアルな演出、マインドフルネス、あるいは東洋的な修行のイメージとして受け止める人も多いだろう。

実際、座禅や瞑想、空中浮遊のような表現は、宗教画やファンタジー、ゲーム、映画、ミュージックビデオなどでも広く使われてきた。

しかし一部の日本ユーザーにとっては、少し事情が違ったようだ。

なぜ“空中浮遊”が引っかかるのか

LE SSERAFIM
(写真提供=OSEN)LE SSERAFIM

SNS上では、このシーンについて「オウム真理教を連想する」「日本人メンバーがいるグループなのに、なぜこの演出を入れたのか」「見た瞬間にヒヤッとした」といった声が上がった。

一方で、「これは仏教やスピリチュアル表現として普通にあるもの」「空中浮遊をすべてオウムに結びつけるのは飛躍しすぎ」「麻原彰晃がそういうイメージを利用しただけで、浮遊表現そのものはオウムのものではない」といった反論も多い。

作品側が何を意図したかと、一部視聴者が何を思い出したかのズレが、局所的な議論を生んでいるわけだ。

日本で「空中浮遊」という言葉には、特殊な記憶がまとわりついている。

オウム真理教は、地下鉄サリン事件、松本サリン事件、坂本堤弁護士一家殺害事件など、重大事件を起こした宗教団体だ。教祖だった麻原彰晃は、かつて自らの神秘性を示すものとして「空中浮揚」を宣伝していた。

そのため、日本の一定以上の世代にとって、座禅姿で宙に浮くようなイメージは、単なる神秘表現ではなく、オウム真理教や一連の事件の記憶と結びつきやすい。

もちろん、空中浮遊や瞑想ポーズそのものはオウム真理教だけの記号ではない。仏教、ヨガ、修行、スピリチュアル、神秘主義、ファンタジー表現の中で、似たモチーフは昔から存在する。

実際、ネット上でも「これ自体は仏教や古代インドの伝説にもある」「オウムがそのイメージを勝手に利用しただけではないか」という指摘が出ている。

『BOOMPALA』MVの問題のシーン
(画像=YouTube)『BOOMPALA』MVの問題のシーン

その意味で、LE SSERAFIMのミュージックビデオを見て「オウムを意図した」と断定するのは無理がある。むしろ制作側としては、瞑想、癒やし、精神世界、マインドフルネス、あるいは少し不気味なスピリチュアル空間を表現したかった可能性が高いだろう。

ただし、意図していなければ何も問題にならない、というわけでもない。

とりわけLE SSERAFIMには、宮脇咲良とカズハという日本人メンバーがいる。日本市場での存在感も大きいため、日本の視聴者が強く反応しやすい記号が映像に含まれていた場合、「制作側は日本でどう見えるかを考えなかったのか」という声が出やすくなる。

SNS上でも、「麻原彰晃やオウムの意図はないと思うが、そう見える人がいる以上、運営のセンスが悪い」「空中浮遊坐禅なんてオウムだけのものではないが、日本では連想する人がいてもおかしくない」「大げさかもしれないが、オウムはネタにしてはいけない記憶だ」といった反応が見られた。

その一方で、「何でもオウムに結びつけるのは無理筋」「アンチが騒いでいるだけ」「よくあるポーズによくある浮遊表現で“麻原だ”となるほうが異常」といった声もある。

今回の議論は、まさにこの「連想する人」と「飛躍だと見る人」の割れ方から生まれている。

作り手の意図だけでは決まらない

K-POPでは過去にも、制作側の意図とは別に、特定の歴史的記憶を呼び起こして議論になった例がある。

2022年には、ボーイズグループEPEXの楽曲『Anthem of Teen Spirit』をめぐって、一部歌詞がホロコーストを連想させるとして批判が起きた。

EPEX
(画像=C9エンターテインメント)EPEX

問題視されたのは、「水晶の中の夜」「あの水晶が割れた今夜」「Crystal Night is coming」といった表現だった。海外ファンを中心に、1938年にナチスがユダヤ人の商店や家を破壊した「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」を連想させるとの指摘が相次いだのだ。

所属事務所C9エンターテインメントは、楽曲のモチーフはジョージ・オーウェルの小説『1984』であり、実際の歴史的事件とは関係ないと説明した。韓国の青少年が置かれた画一的な教育環境を表現するための比喩だったという。

しかし同時に、事務所は「比喩の要素として安易に判断し、より慎重かつ精密に資料の確認を進めることができなかった」と謝罪。歌詞の一部を修正することも発表した。

この例が示しているのは、作り手にその意図がなくても、受け手が歴史的事件を連想し、不快だと受け止めれば、表現は修正や謝罪に追い込まれることがあるという現実だ。

制作側が「文学的な比喩」のつもりで使った言葉でも、別の文化圏の視聴者には虐殺の記憶を呼び起こすことがある。意図していなかったとしても、受け取る側にとっては不快であり、痛みを伴うことがある。

今回のLE SSERAFIMの“空中浮遊”シーンも、同じ構図で見ると、単純に「飛躍がすぎる」と笑い飛ばすことはできない。

ミュージックビデオがオウム真理教を意図したものだとは考えにくいが、一部の視聴者が座禅姿で宙に浮く映像に麻原彰晃やオウム真理教を連想した以上、制作側の意図とは別のところで、議論が広がる可能性が生まれている。

LE SSERAFIM
(画像=SOURCE MUSIC)LE SSERAFIM

LE SSERAFIMは、もはや韓国国内だけに向けたグループではない。日本人メンバーを含み、日本でも大きな人気を持ち、世界を舞台に活動している。そうしたグループのMVは、韓国だけでなく、日本、米国、欧州、東南アジアなど、さまざまな文化圏の視聴者に同時に見られる。

そこで難しくなるのが、映像表現の“地域別リスク”だ。

ある国では一般的な神秘表現でも、別の国では宗教事件を思い出させるかもしれない。ある文化圏では美術的な比喩に見えるものが、別の文化圏では差別や虐殺、戦争、テロの記憶に触れることもある。

グローバルに活動するK-POPグループほど、そうしたリスクを完全に避けるのは難しくなる。その現実を、今回の局所的なざわつきが改めて見せたということだ。

意図はなくても、想起される。世界中に向けて作品を出すということは、その難しさも引き受けることなのかもしれない。

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《スポーツソウル日本版》
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