ネット広告のこれまでと将来〜JIAAがパネルディスカッションを開催 | RBB TODAY
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ネット広告のこれまでと将来〜JIAAがパネルディスカッションを開催

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「東京インタラクティブ・アド・アワード」公式セミナーのパネルディスカッションではネット広告の過去と未来が語られた。
  • 「東京インタラクティブ・アド・アワード」公式セミナーのパネルディスカッションではネット広告の過去と未来が語られた。
 インターネット広告推進協議会(JIAA)が18日に開いた「東京インタラクティブ・アド・アワード」公式セミナーでは、記念講演に続いてパネルディスカッションが行われた。

 パネルディスカッションには、コーディネーターとして東海大学助教授の水島久光氏、パネリストとして電通の大岩直人氏、Tripleseven Interactiveの福田敏也氏、東北新社の中島信也氏が出席した。

 冒頭で水島氏は「インターネット広告は1994年が始まりの年とされている。とすれば今年で10周年だ。インターネット広告も過去を振り返れるだけの歴史をもつようになったかと思うと感慨深い」とあいさつ。続いてパネリストの各氏が、デジタルテクノロジーとの出会いとこれまでの体験について語った。

 まずTripleseven Interactiveの福田氏は、「僕にとってはマックが世に出たのが考えさせられる契機だった。当時はシムシティの最初のバージョンが搭載されていて、『こんなすごいことができるのか』と思ったものだ。僕はこうしたデジタルツールを考えるための道具にしてきたが、それがずっと今につながっている感じだ」と語った。

 続いて電通の大岩氏は、「僕は94年から95年頃に自宅用のパソコンを買ったが、当時からパソコンが嫌いだった(笑)。今でも苦手だし、あえて距離を置こうとしている」と明かす。

 同氏は「デジタルテクノロジーに心酔している人は、その『いい部分』しか見ない。でも苦手な人が、メディアのダメなところをわかりながら係わることも必要だ。だから僕はいつもアンチテーゼ的なことを考えている」と自らのスタンスについて説明する。

 また東北新社の中島氏は、「僕はデジタルとのつきあいが長く、すごく楽しい10年間だった」とする一方、「今はネットのスピードも速くなり、あまりにも簡単に見られる感じがする。確かに道具としては現状のほうがいい。でも昔は『無人島にやっと手紙がきた』みたいな感じで、ネット初期の頃には特有の醍醐味があった。今はそういうおもしろさはなくなった気がする」と問題提起した。

 すると大岩氏も「(ネット広告の世界は)テクノロジー的にできないことがなくなったのは確かだ」と同意し、「マスメディアが(モラルなどの)社会的制限を受けているように、僕らもこの世界で何らかの制限を自ら作りながらやらなければおもしろくならないのでは?」とした。

 また福田氏も「それは確かに感じる」と賛意を示しながら、「昔は不自由さを感じたときにイメージがわいた。たとえば画像がなかなかダウンロードできず、でも待っている間に『これはきっといいものに違いない』とあれこれ内容を想像したものだ」などと語った。

 一方、後半には物作りのスタンスについても論議が進んだ。

 大岩氏は「新しいものを作るためには、なるべく広告以外のものを見てヒントを探している」とし、オーストリアのリンツ市で毎年開かれている世界最大規模のメディアアート・フェスティバル「アルス・エレクトロニカ」を例にあげた。

 また中島氏は「送り手と受け手のコミュニケーションの中で、どんな新しいメディアであろうと送り手の側には『その人』のあり方が問われる」とする。

 同氏は自らの体験を例にとりながら、「僕は商品の情報を得るためにWebサイトを見に行くが、今やきちんとWebを作ってない会社はだめだなと感じる。これからはこういうところをきちんとやっていく送り手が必要になるだろう」と、ネット広告に求められる役割と課題について語っていた。
《松岡美樹》
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