台湾の教科書制作が直面してきた課題
台湾の教科書は民間出版社が制作し、政府の審定を経て学校が採択する仕組みとなっています。しかし近年は少子化と価格競争の影響により、1ページあたりの制作単価が1996年の0.55元から現在は0.4元程度へと低下し、出版業界では人材確保や品質向上が難しくなっていました。限られた制作費の中では、内容の改訂が優先され、レイアウトや文字設計など視覚品質への投資は後回しになりやすい状況が続いてきました。※1ニュー台湾ドル=4.99日本円 26/4/8現在
さらに2017年に新しいカリキュラムガイドラインが公布されたことで教材内容の更新が求められましたが、制度上大幅な改訂が難しく、デザイン改善は部分的な調整にとどまるケースも多く見られました。こうした背景から、学習者にとって読みやすく理解しやすい教材環境をどのように実現するかが課題となっていました。

民間から生まれた「美感教科書」運動を起点に
こうした状況の中、2013年に若手デザイナーが設立した非営利団体Aestheticell(美感細胞)は、教科書の視覚品質に着目した「美感教科書プロジェクト」を開始しました。義務教育12年間で子どもが教科書と向き合う時間は1万時間以上に及ぶともいわれ、教材のデザインが学習意欲に影響する可能性に注目した試みでした。
従来の教科書は情報量を優先するあまり、文字が密集した紙面や均質的な構成が一般的でしたが、同プロジェクトでは文字設計、余白、配色、図版構成を見直し、学習者の理解を助ける紙面構造を検討しました。「教科書を持ち歩くことのできる美術館にする」という理念のもと、教材を学びの空間として再設計する取り組みは教育関係者からも関心を集めました。

教育政策として制度化されたデザイン導入
こうした民間の動きを受け、教育部は教科書の質向上を目的として「教科図書デザイン賞」を創設しました。2021年より台湾デザイン研究院(TDRI)と連携し、出版社とデザイナーを結びつける仕組みを整備しています。2023年からは伴走型の指導プログラムや研究事業も加わり、編集段階からデザインを取り入れる体制が構築されました。
プロジェクトでは、台湾デザイン研究院がマッチングおよび統合プラットフォームとして機能し、Aestheticellが専門的なアドバイスを提供しました。合計165のデザインチームと5つの出版社が参加し、4か月のプログラムを通じて24点の教科書カバーおよび3種類の教科書が開発されました。また教育分野におけるデザイン導入を支援するガイドラインも整備され、専門的なデザイナーが教材制作に参画しやすい環境づくりが進められています。

特徴は理解を促すための情報設計
台湾の教科書改革では、デザインを装飾ではなく理解を助ける構造として位置付けています。ページ構成にはユーザーエクスペリエンス(UX)の考え方が取り入れられ、情報の優先順位が直感的に把握できるよう整理されています。
英語教材では本文、練習問題、補足情報を色や書体で区別し、必要な情報へ素早くアクセスできるよう設計されています。国語教材では雑誌のように余白を活かしたレイアウトを採用し、読み手の解釈を限定しない構成が試みられています。配色においては色覚多様性にも配慮し、誰もが同じ情報を認識できるユニバーサルデザインの視点が取り入れられています。
また、算数では身近な街の風景を題材にするなど、学習内容と生活との接点を重視した表現が用いられています。理科や社会ではデジタル画面に近いビジュアル表現を取り入れ、紙とデジタルの学習体験を連続的に捉える試みも進められています。

デジタル・AI時代に対応する教材環境
近年はAIやデジタル学習の普及を背景に、教材設計の考え方も拡張しています。教育部国教署が推進する「美感とデジタル教科書研究計画」では、教材を「開放性」「適性化」「多元的インタラクション」という観点から再定義し、学習者の理解度や関心に応じて柔軟に活用できる教材環境の構築を目指しています。
出版編集者とデザイナーの協働による書体設計研究や視認性向上の検討に加え、教育現場への導入を目的とした教師向け研修も進められています。今後は教育現場のニーズに応じた4つの研修プログラムが計画されており、「教育設計」および「美感入門」によりデザイン思考と実務事例を学ぶ機会が提供されます。
実務面では「美感跨域課程設計ワークショップ」においてカリキュラムに基づく教科横断型の教材開発手法が共有され、各教科に美的視点を取り入れる方法が検討されます。また「教学簡報ワークショップ」では、授業内容を視覚的に整理し分かりやすく伝える技術を実践的に学ぶことで、学習理解の向上が期待されています。研修内容にはAI活用や著作権に関する知識も含まれ、デジタル環境に対応した教材制作能力の向上が図られています。
台湾の取り組みは、教科書が単なる知識の媒体ではなく、学習者の感性や思考態度を形成する環境でもあることを示しています。読みやすさや情報構造の整理は、学習内容の理解を助けるだけでなく、学ぶことへの心理的ハードルを下げる効果も期待されています。
教科書を「使い終われば手放すもの」から「繰り返し開きたくなるメディア」へと転換する試みは、教育に対する価値観の変化を象徴しています。紙とデジタルが共存する時代において、教材は学習体験を支える重要な基盤として再定義されつつあります。台湾の事例は、教育政策、デザイン研究、教育現場が連携することで、学びの環境そのものを改善できる可能性を示しています。
参考:受賞作品アーカイブ
https://schooltextbooks.design.org.tw/winner_year

配信元企業:財団法人台湾デザイン研究院
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