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「彼らが崩れ落ちる音」BTSの新アルバムに酷評レビュー 背負わされた“韓国の誇り”は重すぎたのか

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「彼らが崩れ落ちる音」BTSの新アルバムに酷評レビュー 背負わされた“韓国の誇り”は重すぎたのか
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「凡庸なポップミュージック」「メッセージが空虚に響く」、そして最後には「彼らが崩れ落ちる音」とまで。

有名音楽レビューサイト『Pitchfork』が、BTSの4年ぶりのフルアルバム『ARIRANG』を酷評した。

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“完璧なカムバック”と絶賛する声が相次ぐ一方で、そこに真っ向から冷水を浴びせるレビューが現れた格好だ。

だが、この酷評が興味深いのは、単に「曲が悪い」と主張しているわけではないという点だ。『Pitchfork』が切ったのは、アルバムそのものと同時に、BTSという存在に背負わされた“意味の大きさ”でもあったように見える。

この酷評が気づかせてくれたこと

そもそも今回の『ARIRANG』は、普通の復帰作ではなかった。兵役による空白を経た4年ぶりのアルバムであり、光化門広場での大規模カムバック公演とNetflixでの世界配信まで重なった。

3月21日のBTSライブ
(写真提供=OSEN)3月21日のBTSライブ

李在明(イ・ジェミョン)大統領は3月24日、閣議の場でこの公演について「光化門と大韓民国の広報に決定的だった」と評価し、「国家ブランドの観点でも、Kカルチャーのグローバル拡散に計り知れない効果をもたらした」との報告に同意した。

つまり『ARIRANG』は、新譜というより国家的イベントに近い扱いを受けていたといえるだろう。BTSはすでに一つのグループを超え、韓国のソフトパワーや国家ブランドを体現する存在になっていた。その意味で、今回の復帰は音楽の話であると同時に、韓国そのものを世界にどう見せるかという話にもなっていた。

その過剰ともいえる意味づけは、経済効果の文脈でもさらに強調された。3月21日の復活ライブをめぐっては、航空、宿泊、流通、食品、ITにまで波及する「BTSノミクス」が語られた。

韓国文化観光研究院によれば、BTSの韓国内コンサート1回あたりの経済効果は約1兆2000億ウォン(約1200億円)に達すると推計されている。実際、公演前後には訪韓外国人の宿泊予約が急増し、周辺ホテルは満室、光化門(クァンファムン)一帯のコンビニや飲食店でも売り上げが大きく伸びたと報じられた。

ライブ会場周辺
(写真提供=OSEN)ライブ会場周辺

Netflixでの世界配信も、この“国家事業化”をさらに押し進めた。『BTS COMEBACK LIVE: ARIRANG』は、配信当日だけで全世界1840万人が視聴し、80カ国で週間TOP10入り、24カ国で週間1位を記録した。

しかもこれは、韓国から初めて送出されたNetflixのライブイベントだった。伝統と現代、スケール感と親密さを同時に見せるために、多国籍スタッフが参加し、数十台のカメラや膨大な放送設備が投入されたという。その規模感は、もはや単なるK-POPコンサートではない。

だからこそ、海外メディアの絶賛も自然な流れに見えた。『ローリング・ストーン』は『ARIRANG』を「完璧なカムバック」と表現し、「韓国的なルーツを強調しながら音楽的領域を拡張したブロックバスター級の復帰」と評した。NPR(米国公共ラジオ放送)も「真のチームは、自分たちだけの枠組みを作る」と高く評価し、『ローリング・ストーンUK』は満点をつけた。

ビルボードはタイトル曲『SWIM』をアルバムの軸と位置づけ、BBCや『ニューヨーク・タイムズ』はBTSの帰還そのものが持つ歴史的意味に注目した。作品評価も、話題性も、国家的意味づけも、すべてが“成功した復帰作”という方向へ集約されていたのだ。

BTS
(写真=BIGHIT MUSIC)BTS

そうした空気のなかで、『Pitchfork』はそこに異を唱えた。同サイトは『ARIRANG』の音楽を「凡庸」で「空虚」だと批判しただけでなく、その背景にある韓国的誇りの演出そのものに違和感を示した。とりわけ象徴的なのが、民謡『アリラン』の扱いに対する指摘だ。

『Pitchfork』は、韓国を象徴する『アリラン』が、「本来は深い慕情や集団的な強靭さ、さらには南北統一までも背負ってきた多義的な歌」であることを踏まえつつ、「これほど空虚なアルバムがそれを勝利の旗のように振りかざす」ことに、空虚さを見た。

要するに『Pitchfork』は、『ARIRANG』を音楽作品として低く評価しただけではない。BTSが韓国の誇り、国家ブランド、文化遺産の伝達者といった重い役割を背負わされ、その結果として音楽そのものが息苦しくなっているのではないか、と疑っているのだ。

Netflix配信や光化門公演、大統領の称賛、BTSノミクス。そうした“外側”が大きくなりすぎたとき、肝心のアルバムはその重圧に耐えきれなかった。『Pitchfork』の酷評は、そう読める。

BTSライブ当日の様子
(写真提供=OSEN)BTSライブ当日の様子

もちろん、この批評に同意するかどうかは別の話だ。実際、『ARIRANG』は数字でも話題性でも圧倒的な成果を出しているし、海外メディアの多くはむしろ歓迎している。だが、それでもこの酷評が印象的なのは、BTSの復帰がすでに単なる音楽イベントではなくなっている現実を、逆照射しているからだろう。

BTSは今や、韓国が世界に誇る文化商品であり、観光資源であり、ソフトパワーの象徴であり、国家ブランドの一部でもある。だから復帰作には、ただ「いいアルバム」である以上の役割が期待される。『ARIRANG』に向けられた『Pitchfork』の冷たい視線は、結局のところ、その重圧の大きさをあぶり出した。

BTSの復帰作は、あまりにも“国家事業”になりすぎていたのかもしれない。

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《スポーツソウル日本版》
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