「フォーシームで投げろ。チェンジアップかシンカー投げたら、捕ってやらないからな」
「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」韓国代表の主将、イ・ジョンフ(李政厚)の父で中日ドラゴンズでもプレーしたイ・ジョンボム(李鍾範)が現役だった頃の話だから、10年以上も前の話だ。
8球団時代には、KBOリーグの球場もかなり老朽化していた。観客席の高さも低いうえ、球場の向きもバラバラだった。
最近はホームチームが1塁側のダグアウトを使うのが自然な光景だが、昔の球場は3塁側をホームとして使うケースもしばしばあった。球場の向きのせいで、午後から日が沈むまで、日差しが1塁側のダグアウトを直撃したからだ。
グラウンドに視線を移すと、1塁手たちが害を被る。特に、3塁手や遊撃手が投げるボールは、観客席の後ろに差す陽と一直線になりがちだ。一部の球場が、“1塁手の墓場”と呼ばれたほどであった。
その反面、“怖い先輩”が1塁手となると、後輩の内野手たちはひどく緊張した。送球の高さが中途半端だったり、シュート回転したりすれば、すぐさま怒号が飛んだ。
ボールが、日が差す方向に行ってしまうと、感覚で捕球するしかない。送球が曲がったり落ちたりすれば、ミットを出すことができない。試合の流れを変えてしまうこともあれば、怪我をする可能性もある。雷が落ちるのも当然だ。

イ・ジョンボムは、「キム・ソンハン先輩が1塁にいるときは、『変化球を投げたらタダじゃおかないぞ』とよく言われた。焦ると、フォーシームのグリップをちゃんと握れないこともあるが、どれだけ緊張したことか」と笑った。
振り返れば、イ・ジョンボムや、現在代表監督を務めるリュ・ジヒョンらへと続いた歴代の代表遊撃手たちは、捕球後にグローブからボールを抜く動作が非常に速かった。送球も非常に真っ直ぐだった。強肩でもあったが、正確に投げる感覚が、先輩たちの鍛錬によって完成されたわけだ。
改めて昔の話を持ち出したのは、WBC決勝ラウンド・韓国対ドミニカ共和国の試合のためだ。2回裏に先制点を許したことが、悔やまれる。キム・ジュウォンの送球が、1980~90年代の名遊撃手のように直線で飛んでいれば、ブラディミール・ゲレーロ・ジュニアの本塁突入を阻止できたのではないか。

もちろん、3回裏のフアン・ソトの本塁突入時には、わずかにシュート回転のかかったキム・ジュウォンの送球は完璧に近かった。投球の位置によって、送球の強さと方向を調節することはできないのだろうか。先輩内野手たちが口を揃えた。
「真っ直ぐ投げなければひどく怒られるのだから、できるようになるまで(練習)しなきゃ。やっていれば、できるようになる!」



