アノニマス研究……約束を守らないヒーロー | RBB TODAY

アノニマス研究……約束を守らないヒーロー

意外かもしれないが、成功した攻撃の多くはひとりないしは少数の手によってなされており、世間のイメージにある多数の力によって力を発揮するのとは違っていたことがわかる。

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「Anonymous にとって日本文化は重要な要素」フォーブス誌英国支局編集長 Parmy Olson 氏
  • 「Anonymous にとって日本文化は重要な要素」フォーブス誌英国支局編集長 Parmy Olson 氏
  • 「We Are Anonymous: Inside the Hacker World of LulzSec, Anonymous, and the Global Cyber Insurgency」表紙
3名の識者による、Anonymous研究連載の第3回は、5月にアメリカで出版された500ページを超えるAnonymousドキュメンタリー本「We Are Anonymous」を執筆した、フォーブス誌英国支局の編集長 Parmy Olson 氏によるメッセージと、サイバーセキュリティに詳しい小説家 一田和樹氏による同書レビューをお届けします。

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●日本文化はAnonymousの重要な要素

私が書いた「We Are Anonymous」は、巨大企業や政府機関を完膚無きまでにたたきのめした若者たちのリアルな生き様をまとめています。なんといっても驚くのは、あまりにも簡単に彼らがそれをやってのけたことね。

「We Are Anonymous」は、Anonymousの内部で起きていたことの詳細をとりあげた最初の本で、Anonymousを例にして、インターネットのサブカルチャーがどんな風に現実世界を浸食してゆくかを解説しています。同時にまた、どのようにして、こうしたネットコミュニティの人々とコンタクトし、どんな風に活動しているかを知る方法もわかるでしょう。

私はAnonymousにとって日本文化は重要な要素だと思っています。「4ちゃん」というWeb(Anonymous発祥の地)は日本の2ちゃんねるを真似したものだったし、初期のメンバーは日本アニメの大ファンでした。今でも4ちゃんには、日本アニメやコスプレのファンがたくさんいます。

私が本書を執筆するためにインタビューした相手のひとり、Topiary (AnonymousとLulzSecの中心人物のひとり)も日本の電子音楽やゲームやボカロの大ファンでした。Anonymousと日本文化の接点はたくさんあると思います。


(Parmy Olson氏へのメール取材による同氏からのメッセージと意訳)

●約束を守らないヒーローの誕生

ファンタジーに登場する魔族を分類する尺度のひとつに「秩序」がある。平たく言うと約束やルールを守るかどうかの度合いによって分類するわけだ。魔族だからといって約束を守らないわけではないのである。交わした約束を逆手にとって主人公が悪魔を出し抜く寓話もある。そこに登場する悪魔は約束は守る「秩序型」の悪魔というわけだ。実在する犯罪組織でも、ルールをきちんと守る集団があるとすればそれは「秩序型」の悪の集団というわけだ。

一方、正義の味方のヒーローに関しては、「ヒーローは約束を守るもの」という先入観がある。しかし、社会や平和を守るために戦うが約束は守らないし、ルールもないという「無秩序型」のヒーローがいてもおかしくない。

それがAnonymousだ。

Anonymousにもまるっきりルールがないわけではない。インターネットの表現の自由を守るとか、メディアは攻撃しないといったルールはある。しかし、それは決してAnonymousのメンバーが守るルールではなく、犯行声明にAnonymousという言葉を出さないだけのことだ。果たして「守っている」と言えるのかどうか微妙なところである。

「約束を守らないヒーロー」というのは、これまで我々があまり遭遇したことのない存在である。だからこれまでの枠組みでは理解しにくいことが多い。それがまた一部の人々には魅力的に映るらしい。

●人間に焦点をあてた青春群像劇

これまでAnonymousに関して数多くの記事が書かれ、本も出版された。本書「We Are Anonymous: Inside the Hacker World of LulzSec, Anonymous, and the Global Cyber Insurgency」もそのひとつだ。

本書は世界的に有名なハクティビスト集団Anonymousの長期間の取材を元に書かれたドキュメントである。ベースとなっているのは、Topiaryなどを中心とするAnonymousのメンバーだ。執筆に当たって多くのAnonymous関係者にインタビューを行っているが、その多くが逮捕された本人である。この本にはチャットやリアルな会話が多々登場する。それらについてログから抽出したのか、インタビューで聞きだしたのか、あるいは他のソースがあったのかくわしく書いてある。

社会現象としてAnonymousをとらえて分析する人は多いが、この本は人間に焦点をあて、なにを考え、どのように行動したかを追った記録である。

そのため、高尚な分析を期待すると肩すかしになる。同様に技術的に掘り下げているわけではないので、この点はまったく期待しない方がいい。

その代わりに2007年頃サイエントロジーとの戦いから2012年3月の主要メンバー6人の逮捕までにAnonymous内部でなにが起き、その中心にいた彼らがなにを考えていたかは非常によくわかる。まるで青春群像劇のようにすら読めるくらいだ。1994年頃から始まるハクティビズムの系譜についても触れている。

中でも中心となっているのはLulzSecの50日間前後である。それを中心にして、メンバー各人のパーソナルヒストリーと、逮捕されるまでの活動を描いている。

もちろん、Anonymousが生まれた4chanやサイエントロジーとの戦い、チャノロジー、Wikileaks支援、ジャスミン革命などへの支援なども詳しく書かれており、Wikileaks支援にあたってのアサンジ氏から協力要請を受けた等の、個別の事件や人物について関心を持っている方は、その部分だけ拾い読みしても参考になるだろう。

ついこの間起きたことの舞台裏が解説されており、その意味でも非常に興味深い。

著者のParmy Olson氏はフォーブス誌英国支局の編集長。彼女が追っているテーマは「Disruptors(秩序破壊者)」である。AnonymousやOccupy活動もそのひとつだ。

Disruptorsは既存の体制を混乱させ、破壊することはするが、新しい秩序やビジョンを持っているわけではないし、持ち得るわけでもない。だからこそのDisruptorsなのだ。

ネットから発生した多くの運動はDisruptorsの傾向を持っており、Disruptorsは「無秩序」になる傾向ある。

●社会を奪われた人々がもたらす「出口のない革命」

私見になるが、科学や技術は基本的に権力者に帰属するものである。なぜなら、研究のための資金と時間がなければ成り立たず、そのためにそれらを提供してくれるパトロンが必要になるからである。革命的な科学や技術であっても、予算がつかなければ誰も研究しない。特に実用に近いものはそうだ。

そのため世の中の多くは、権力者に都合のよいようなもので埋め尽くされていく。しかし対抗する方法がないわけではない。それが破壊(Disruption)である。ひとつの体系を作り維持するのは大変だが、それに比べれば破壊するのはたやすい。なぜなら守る方は一点の隙もないように24時間365日維持しなければならないが、攻撃する方はたった1カ所の穴を見つければいいだけだ。

サイバーセキュリティでも同じだ。システムを構築し、安全に運用するためには多額の費用と知識と経験のある人間が多数必要になる。しかし攻撃するにはたったひとつの穴を見つけられる部分的な知識と経験しか持たないひとりの人間で十分だ。その代わり、彼らは破壊した後に新しいシステムを作る力はない。

権力に抵抗する者たちが Disruptors になるのは当然の傾向なのである。なぜなら破壊だけが彼らにたったひとつ残された抵抗の手段だからだ。Disruptors を前にして、反対するなら対案を示せという空論を言う人は多いが、それは無理である。Disruptors とは、あらかじめ社会を奪われた人々なのだから。

Disruptors は「出口のない革命」をもたらす。破壊の先のことは誰にもわからない。それはちょっといやな話だ。だがもし今の世界を変えたいのであれば、それ以外の方法はない。そんな気がする。

●攻撃の多くは少人数か一人で実行、イメージと大きく異なる実態

この本はリアルに起きたことを個々のメンバーの視点で追っているドキュメントであり、日記に近いとも言える。だから要約して紹介することが難しい。それでも語弊を恐れずに、紹介してみることにしよう。

Anonymousは、特定のリーダを持たず、明確な組織もないため、外から見ているとその動きはランダムで気まぐれに見える。

だが、ひとりひとりの動きを追うことで見えにくい動きもすっきりと理解できる。例えばLulzSecのターゲットに特定の傾向がないのは、ネットの中から脆弱性を持つサーバを探し出して攻撃したり、外部の第三者から脆弱性について情報をもらったサーバを攻撃したりしたためだ。攻撃そのものが目的になっている以上、攻撃対象に一定の傾向がないのは当たり前だ。こうしたことは、攻撃の中心となっているメンバーがなにを考え、どう行動したかを読むとすぐにわかる。そして中心メンバーが替われば、また動き方も変わる。

そして意外かもしれないが、成功した攻撃の多くはひとりないしは少数の手によってなされており、世間のイメージにある多数の力によって力を発揮するのとは違っていたことがわかる。

また、LulzSecの攻撃の多くはグループ外からもたらされた情報のたれ込みに基づくものだというのも驚きである。こうしたこともまたAnonymousやLulzSecの動きが、わかりにくくなっている一因だろう。

参加しているメンバーひとりひとりを追うことによって、空気感を味わうことができる。定型の組織を持たないAnonymousを理解するには、その時ネットの中で流れていた空気を感じることが大事だと思う。その点、この本はその時の空気をとてもよく伝えていると思う。

ニュースなどからはうかがい知ることのできないAnonymousの内部の変遷を知ることができる。攻撃方法の変化、IRCでの流行、グループの分化、多数の新人の参加など、短期間でAnonymousは大きく変わってきた。

●逮捕の危険を犯してもネットの現実を優先

ここに登場するAnonymousとLulzSecのメンバーは、最後まで互いにリアルに会うことはなかった。チャットでコンタクトし、自分たち専用のチャットルームで会議を行い、時にはSkypeで会話することもあったが、リアルでの性別、年齢、職業を知ることはなかった。それでも彼らはかけがえのない戦友だった。

彼らに共通しているのは、自分を認めてくれる場所がネットにしかないという点だ。リアルでの彼らは、社会や家庭、さまざまなものから阻害されている。ネットの中で彼らはやっと自分自身になれたような気がしたのだろう。そこで、彼らはヒーローであり、信頼され、期待される存在だ。だが、一度ハッカーとして名を馳せてしまうと、そこから離れることは難しい。

中心人物のひとり、sabuは、一度自分のハンドル名を変えた。だが、その名前にはsabuのハンドル名が持っていた信頼や尊敬はない。彼は正体のわからない新参者でしかない。もしも彼がその状態を受け入れていれば、FBIは逮捕できなかったかもしれないと著者は本書の中で述べている。だが、sabuは結局sabuに戻った。彼はAnonymous、LulzSecのsabuと分かちがたく同一化してしまっていた。そのためにFBIに逮捕される危険を冒すこともいとわなかった。もはや彼の現実は、ネットにしかなかった。

AnonymousそしてLulzSecでスポークスマンの役割を果たしてきたTopiaryは、イギリスの田舎の Shetland Islands の Lerwick という街に住んでいた。そこまでは報道でもわかる。しかし、ファーストフードが一軒もないような田舎で、彼がどのように毎日を過ごし、隣近所とどう接していたかまではわからない。田舎とはいえ、周りには麻薬の売人がたくさん住んでおり、警察が巡回しているような場所だったとか、見晴らしのよい丘の上で景色を見ながら物思いにふけるのが好きだったとか、そういうことがわかると見え方がかわってくる。

中心人物のひとり、腕利きのプログラマTflowは口数の少ない落ち着いた人物であり、仲間の多くはTFlowは20歳台半ばの青年だろうと考えていた。だが、実際の彼は、16歳の少年だった。

ボットネットを使いMasterCardやVISAなど数々の大手サイトを落としたRyanは、逮捕されるまでの半年間部屋から出たことがなかった。母親は食事を彼の部屋の前に置いていたという。部屋にひとりで閉じこもり、ネットを通じて世界と対話していた。

こうした個々人の動きと、Anonymousの組織としての変化、そしてそれを取り巻く警察などの画策が取材と資料を元に細かく記述されている。

●ネットにしか居場所がなかった若者たち

現代において物理的に生きることはそれほど難しいことではない。いろいろな方法で生き延びることができるようになっている。しかし、それでもお金や人間関係に行き詰まって死を選ぶ人も少なくない。物理的な衣食住と同程度に、社会で認められて生きること、対話することが大事なのだ。それを失った時に死という選択肢が現実味を帯びている。

そう考えると、彼らがネットの中で生きることを選び、逮捕される危険を知りつつも退かなかった理由もわかる。そこにしか居場所がなかったからだ。

本書に書かれているのはあくまでも著者が調べた範囲のことであり、全く異なる視点や事実に基づく物語もあるかもしれない。それでもおそらくこれがAnonymousについての理解を助ける貴重なドキュメントであることは間違いないだろう。

●Anonymous脅威論

今年に入ってAnonymous脅威論がアメリカを中心として話題になるようになった。私見であるが、これは仮想敵を作り出すことによって、サイバー防衛体制を確立しやすくしているのだと思う。

かつて大量破壊兵器という幻想が作られたように、今はAnonymousという幻想が作られようとしているのだろう。アメリカは「あそこにAnonymousがいる」という口実でどこでも攻撃できるようにしたいのだ。ちょっと危険な傾向である。

(一田和樹)

特集 Anonymous 研究 第3回「約束を守らないヒーロー」

《編集部@ScanNetSecurity》

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