農地は耕作放棄された後も防災効果を維持する - Kyodo News PR Wire|RBB TODAY
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農地は耕作放棄された後も防災効果を維持する



1.概要
 気候変動の影響等によって増大、甚大化する自然災害に対応するために、農地や都市緑地といったグリーンインフラに防災インフラとしての機能を期待する、生態系を活用した防災・減災(Ecosystem based Disaster Risk Reduction :Eco-DRR)という考え方が注目されています。Eco-DRRは、防災・減災にとどまらず、生物多様性の保全をはじめ、人間社会に様々な利益をもたらすことも期待されています。近年、農地が持つ防災・減災効果は広域的な評価が進み、その社会実装に期待が集まりつつあるところです。その一方で、人口減少や高齢化等に伴い、日本各地で農業活動が停止した耕作放棄地の拡大が進んでいるという社会的な課題があります。耕作放棄された農地は食料生産機能をはじめ、様々な機能が失われますが、これが防災・減災におよぼす影響は明らかにされていませんでした。 
 東京都立大学大学院 都市環境科学研究科の大澤剛士准教授、京都産業大学 生命科学部 産業生命科学科の西田貴明教授、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの遠香尚史上席主任研究員は、関東地方の市区町村を対象に統計情報等を活用した分析を行った結果、水田、畑という利用形態に関わらず、農地は耕作放棄されても防災効果は維持される可能性が高いことを示しました。この結果は、耕作放棄地が拡大する中で、農地を活用したEco-DRRを活用しながら水害対策を講じる際に重要な知見になると考えられます。
 本研究成果は、6月12日付けで、SPRINGER-NATURE社が発行する英文誌『Scientific Reports』上で発表されました。
 本研究は、環境研究総合推進費2G-2201「適応の効果と限界を考慮した地域別気候変動適応策立案支援システムの開発」および内閣府総合科学技術・イノベーション会議 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「スマートインフラマネジメントシステムの構築」の一環として実施されたものです。

2.ポイント
・水田、畑といった農地には水害に対する防災効果という副次的機能があることが知られています。
・近年、耕作放棄地が増加していますが、放棄が防災効果にもたらす影響ははっきりしていませんでした。
・関東の海に隣接しない3県を対象に、統計情報等を用いて耕作放棄と水害発生の関係を統計モデルで検討したところ、放棄は農地が持つ防災効果にほとんど影響しないという結果が得られました。
・この結果は、たとえ放棄された農地であっても、土地転換等をせずに維持することで、防災インフラとしての機能が期待できる可能性を示します。

3.研究の背景
 近年、台風や豪雨、さらにはそれに伴う洪水や土砂災害といった自然災害が頻発し、我々の生活を脅かしています。しかし、これに対抗する堤防やダムをはじめとする防災インフラの多くは老朽化が進み、増大する自然災害に対応しきれていません。人口減少社会に突入した日本では、これまで通り防災インフラの維持管理、更新、さらには防災インフラを増設していくことは困難と考えられます。この状況に対する対応策として期待されているのが、生態系を利用した防災・減災(Eco-DRR)という考え方です。既に広く存在している生態系を防災インフラとして活用することができれば、導入コストが不要なことはもちろん、人工物に比して維持管理コストも大きく低減すると期待できます。Eco-DRRの考え方は「生態系を活用したインフラ整備および土地利用計画」を意味するグリーンインフラストラクチャー(注1)の一部と捉えられ、人口減少社会における新しい防災インフラ整備の考え方として注目が集まっています。
 農地は日本の国土面積の1割以上を占め、森林に次ぐ大面積を占める土地利用です。農地の第一義的な目的は食料生産ですが、その副次的な機能である多面的機能(注2)の一部として防災・減災効果を持つことが古くから知られていました。この機能は大澤准教授らの研究を含め、近年その広域的な評価が進み、積極的な導入に向けて期待が集まっています(注3)。その一方で、日本の農地は人口減少や農業従事者の高齢化等の影響もあり、10%を超える面積が農業活動を停止した耕作放棄地となっています。耕作放棄によって農地の第一義的な機能である食料生産機能は失われ、さらに生物多様性に対しても負の影響を及ぼす可能性が指摘されていますが、防災効果に及ぼす影響については明らかにされていませんでした。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506120439-O4-TJ3cc806
図1.農業活動が停止した耕作放棄地。放棄からの年数や地形条件にも影響されるが、野生植物が繁茂する荒地のような状態になることが多い。

4.研究の詳細
 そこで本研究は、耕作放棄が農地が持つ防災効果に及ぼす影響を評価することを目的に実施しました。一般に水田が持つ防災効果は雨水等の貯留によるもの、畑地が持つ防災効果は雨水等の浸透によるものと考えられています。水田が放棄された場合は畦等の管理も放棄されるため、水を溜める能力が低下し、防災効果も低下すると考えられます。一方、畑地が放棄された場合は、野生植物が繁茂するようになるものの土壌は維持されるため、水の浸透能力はさほど低下しないと考えられます。そこで、水田は放棄によって防災機能が低下する、畑地は放棄されても防災機能は低下しないと予測し、統計情報等を用いた広域的な検証を行いました。
 海に隣接しておらず、一定面積の農地を有する埼玉県(19.5%が農地)、栃木県(19.0%が農地)、群馬県(10.5%が農地)の合計132の市区町村を対象に、統計情報を用いて2011年から2019年の間における水害の発生回数と、立地を考慮した水田、畑地、市街地の面積、さらには水田、畑の放棄率との関係を検討しました。なお、統計情報から入手した対象地における水田の放棄率は平均6%、畑地の放棄率は18%でした。その結果、水田、畑はいずれも水害の発生を抑制し、市街地は水害の発生を助長するという傾向が検出されました。この結果は既往研究と一致するものでした。興味深いことに、水田、畑地のいずれも、放棄率は水害の発生に影響しないという結果が得られました。この結果は、水田、畑とも放棄されたとしても、防災機能は維持されることを示唆するものです。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202506120439-O5-Dge8Sr8A
図2.研究対象地である埼玉県、群馬県、栃木県の各市区町村における水害の発生頻度と農地の放棄率。統計的な分析においても明確な関係性は見いだせなかった。

 畑地の放棄が防災機能に影響しないという点は予想どおりでしたが、水田の放棄についても防災機能が損なわれないというのは予想に反するものでした。一つの可能性として、近年の水田は畦や水路のコンクリート化が進んでいるため、放棄された後であっても貯留機能が維持されている可能性が考えられました。結論として、少なくとも現状としては、耕作放棄によって水田、畑とも防災効果が損なわれている可能性は低いと考えられます。ただし、本研究は政府統計および土地利用データを用いた広域的なものなので、詳細なメカニズムについては明らかにできていません。今後の研究課題として、これら詳細なメカニズムを検討する必要性が挙げられます。

5.研究の意義と波及効果
 耕作放棄された農地であっても防災効果を持つという結果は、放棄された農地を宅地開発等、他の土地利用に転換することで、防災効果を損なうことにつながる可能性を示唆するものでもあります。本研究の結果は、たとえ耕作放棄されていたとしても農地を保全していくことの重要性を、食料生産とは別の視点から示すものです。耕作放棄地の今後については、本来であれば農業活動が再開されることが望ましいですが、放棄地が増え続けている現状を考えると、既存の社会制度の下では容易ではないと考えられます。農地の第一義的な目的はもちろん食料生産なのですが、今後は防災機能を含めた副次的機能を重視し、たとえ放棄されていたとしても、農地自体をグリーンインフラとして保全できる仕組みの検討が求められます。

【注釈】
注1)グリーンインフラストラクチャー: 自然の有する機能をインフラと捉え、それを利用して社会資本整備等を進めるという考え方。日本ではグリーンインフラ研究会によって「自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラや土地利用計画のこと」と定義された。https://www.greeninfra.net/

注2)多面的機能:農業地域において農業活動が行われることによって人間社会にもたらされる、食料生産以外の「めぐみ」のこと。災害を減らす機能のほかにも、様々な生物に生息場を提供する機能、農村風景を維持し、我々の心をなごませてくれる機能等が挙げられている。
農林水産省、農地・農村の多面的機能. https://www.maff.go.jp/j/nousin/noukan/nougyo_kinou/index.html

注3)最近の報道発表資料
https://www.tmu.ac.jp/news/topics/37143.html
https://www.tmu.ac.jp/news/topics/37668.html

【論文情報】
掲載誌:Scientific Reports
タイトル:Evaluating the impact of agricultural abandonment on flood mitigation functions
著者:Takeshi Osawa, Takaaki Nishida, Takashi Oka
DOI: 10.1038/s41598-025-04419-0
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41598-025-04419-0

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