「私は自分を捨てた」
6月28日(日本時間)、北中米W杯のグループステージ全日程が終了した。
ホン・ミョンボ監督率いる韓国代表は、1勝2敗のグループ3位で大会を去ることになった。
グループAで3位に終わった韓国は、最終日まで決勝トーナメント進出の望みをつないでいた。しかし、グループL最終戦でガーナがクロアチアに敗れ(1-2)、ウズベキスタンもグループK最終戦でコンゴDRに逆転負け(1-3)を喫したことで、韓国の突破の可能性は完全に消滅した。各グループ3位だった12チーム中、上位8位までが決勝ラウンドに進出できたが、韓国は紙一重の9位で大会を去ることになった。

大会前、韓国は順当にグループステージを突破すると見られていた。プレミアリーグで得点王を獲得したことがあるソン・フンミン(33、LAFC)を筆頭に、イ・ジェソン(33、マインツ)、イ・ガンイン(25、PSG)、キム・ミンジェ(29、バイエルン・ミュンヘン)といった主力に加え、イ・ハンボム(23、ミッティラン)、オ・ヒョンギュ(25、ベシクタシュ)などの若手の台頭で、“黄金世代”として大きな期待を集めていた。
さらにメキシコ、チェコ、南アフリカと同組だったことも、歴代屈指の好条件と評価されていた。一部では「蜂蜜組」と言われていたほどだ。加えて移動距離やベースキャンプなどの環境面でも有利な条件がそろい、メキシコや南アフリカに退場処分の影響があったことも韓国に追い風となるはずだった。
それにもかかわらず、韓国代表は最終戦でFIFAランキング61位の南アフリカに敗れ、決勝トーナメント進出に値するチームであることを証明できなかった。引き分けでもグループ2位通過が可能だったが、90分間を通して精彩を欠き、自滅する形で敗戦した。
韓国は南アフリカにとって史上初の決勝トーナメント進出の踏み台となり、自国史上最悪となる大会34位という不名誉な成績で大会を終えることになった。
選手だけではない。ホン監督にとっては、2014年ブラジル大会の失敗を繰り返した形でもある。
当時もソン・フンミンとともにW杯に挑んだが、1勝も挙げられないままグループステージで敗退。勝利が期待されたアルジェリア戦では崩壊し、1人少ないベルギーにも力なく敗れて辞任へと追い込まれた。
それでもホン監督には再びチャンスが与えられた。韓国男子代表史上、2度にわたってW杯の指揮を執った監督は彼しかいない。
2年前の就任にあたって、ホン監督はこう語っていた。
「眠れない夜を過ごしながら考えた。私は自分を捨てた。もう自分はない。韓国サッカーしかない。それが私の決断を変えた理由だ」
就任の可能性を何度も否定していたものの、イ・イムセン技術総括理事の粘り強い説得を受け、韓国サッカーのために身を捧げる覚悟で代表監督を引き受けたと説明していた。しかし、第2次政権も失敗に終わってしまった。
本人は12年前とは違うと繰り返し強調してきたが、結果として最も重要なW杯の舞台で決勝トーナメント進出を果たせなかった。しかも今大会は48か国体制で行われており、その事実を考えれば衝撃はさらに大きい。
結局、ホン監督はW杯の結果に対する責任を取るとして、短い声明を読み上げた後に辞任を表明した。だが、今ここで退任したところで失われたものは戻らない。

1992年生まれのソン・フンミンにとって最初であり、そして事実上最後となるW杯は、ホン監督の下でどちらも失敗に終わっている。また同い年のイ・ジェソンにとってのラストダンス、2001年生まれのイ・ガンインが迎えるべき全盛期も、あまりにもむなしく費やされたと言っても過言ではない。
ホン・ミョンボ監督が捨てたのは自分自身ではない。韓国サッカーにとって二度と戻らないかもしれない、かけがえのない機会だったのである。
(記事提供=OSEN)



