あまりにも大きな出来事が起きると、ファンの感情は時に行き場を失う。とりわけ、長く応援してきたメンバーの突然の離脱となればなおさらだ。
ENHYPENのヒスン脱退をめぐる一連の騒動は、まさにその典型といえるかもしれない。
ただ、最初に確認しておきたいのは、今回の騒動がファンダム全体をそのまま表しているわけではないということだ。ショックや怒りを覚えること自体は自然な反応である一方、その感情がどこへ向かい、どんな形を取るかは別問題だろう。
今回、目立っているのはあくまで一部ファンの過激な動きだ。
収まらないヒスン脱退の衝撃
発端となったのは、3月10日に伝えられたヒスンのENHYPEN脱退だった。

所属事務所BELIFT LABは、メンバーそれぞれの未来とチームの方向性について深く話し合った結果、ヒスンが追求する音楽的志向を尊重し、グループから独立することになったと説明した。今後ENHYPENは6人体制で活動を続けるという。
同日、ヒスン本人もファンに向けて直筆の手紙を公開した。そこでは、これまで作業してきた成果物を会社と共有しながら、どんな形で見せるのがよいか長い時間をかけて悩み、話し合ってきたと説明。「会社が提案してくださった方向に沿って、ENGENE(ENHYPENファン)の皆さんにより良い姿で近づくために大きな決心をすることになった」と記した。また、「チームの中で自分の欲だけを前に出したくないという気持ちもあった」とも明かしている。
こうした言葉からもわかるように、当然ながら、ヒスン自身も軽い気持ちで下した決断ではない。ファンにとっても受け止めるのが簡単な知らせではなかっただろう。だから、驚きや悲しみ、怒りが噴き出すこと自体は理解できる。
問題は、その感情の矛先が次第に本来の論点から外れ、思わぬところへまで広がっていったことだ。

象徴的なのが、国民年金公団を巻き込んだ騒動である。3月18日、国民年金公団(NPS)のキム・ソンジュ理事長は、国際年金支援センターの業務が一時麻痺した経緯を自ら明らかにした。先週、同センターには海外からの電話が鳴り止まず、わずか2時間で約1500通のメールが殺到したという。
その背景にあったのは、HYBEの大株主である国民年金に抗議の電話をしようという呼びかけがSNS上で拡散されたことだった。ENHYPENはHYBE傘下のBELIFT LAB所属であるため、そこから矛先が国民年金へ向かった形だ。しかし、理事長は国民年金が国民の老後資金を預かり運用する長期投資家であり、個別企業の経営や人事問題、ましてK-POPグループのメンバー構成に関与することはないと説明している。
つまり、本来は年金相談のために存在する窓口が、ヒスン脱退への抗議先として使われてしまったわけだ。ヒスンを思う気持ちが強いからこその行動だったとしても、結果として年金相談を必要とする人たちに不便を強いることになった点は見過ごせない。
騒動はさらに、音楽制作サイドにも飛び火した。矛先を向けられたのは、ヒスンと楽曲制作を共にしてきたプロデューサーのEL CAPITXNだ。

彼は3月12日、自身のSNSに「ヒスンの話をもう送ってくるな。お前たちがもし本当にファンなら、石を投げる前にまず抱きしめてやれ」「なぜ私のせいにするのか」といった趣旨の強い言葉を投稿した。
この投稿をきっかけに、一部ファンとのやり取りはさらにヒートアップした。あるファンが「ファンがいなければヒスンもデビューできなかった」と書き込むと、EL CAPITXNは「ヒスンがいなければファンもいない」と応酬。最終的にコメント欄は閉鎖された。
なぜ制作陣にまで批判が向かったのか。その背景には、ヒスンとEL CAPITXNが2024年発表の『Highway 1009』で作詞・作曲を共に担当するなど、音楽制作を通じて関係を築いてきたことがある。
一部ファンの間では、彼がヒスンの“アーティスト志向”を助長し、脱退につながったのではないかという憶測が広がったとみられる。だが、それはあくまで憶測にすぎない。所属事務所はすでに、ヒスンの音楽的方向性を尊重した結果だと説明している。にもかかわらず、関係者個人にまで怒りが向かったことは、今回の騒動の根深さを物語っている。
もっとも、こうした反発自体は今回が初めてではない。2023年には、ENHYPENの新曲『Bite Me』の振り付けをめぐり、一部ファンがHYBE社屋前でトラックデモを行った。

当時問題視されたのは、女性ダンサーとメンバーがペアで呼吸を合わせるパフォーマンスだった。「女性ダンサー、ペアダンス完全廃棄、削除せよ」「7人だけステージに立たせろ」といった主張が出る一方で、「女性ダンサーへの嫉妬にすぎない」「それほど扇情的ではない」とする声もあり、ファンの中でも意見は割れていた。
この過去を振り返ると、ENHYPENをめぐっては、これまでも一部ファンの強い感情が抗議という形で表面化してきた。だからこそ今回も、ヒスン脱退という大きな衝撃を受けて、その怒りが会社だけでなく、外部機関や制作陣へと広がっていったのだろう。
ただし、ここで「ENHYPENファンは過激だ」とひとまとめにするのも違う。
実際、ファンダムの中にはメンバーの誕生日ごとに寄付金を届ける活動を続けてきた動きもある。メンバーたちの名前で寄付金が低所得の危機家庭や障害児童のために使われてきたという事実は、このファンダムが過激な声だけでできているわけではないことを示している。
ファンの悲しみや怒りには、同情の余地がある。長く応援してきた存在の脱退は、それだけ大きな喪失だからだ。だが、その感情が無関係な相手や周辺の人物にまで向かい始めたとき、話は別になる。ヒスン脱退をめぐる今回の騒動が映し出したのは、ファンダムの熱量の大きさであると同時に、その熱が行き場を失ったときの危うさでもあった。
今、問われているのは怒りの大きさではなく、その怒りをどこへ向けるのかということなのかもしれない。
■【写真】ヒスンの独立発表から2日、ENHYPENメンバーが初めて公の場に



