華やかさは一瞬だった。
現地時間3月15日、ロサンゼルスのドルビー・シアターで開催された「第98回アカデミー賞授賞式」。
式典直後に公開された客席の写真は、オスカーの栄光を一瞬にして打ち消すものだった。座席や通路には軽食の箱、空き瓶、菓子の袋が散乱していた。
ある者はトロフィーを掲げて笑い、ある者はスタンディングオベーションを受けたが、祭りのあとに残されたのは無残なゴミの山だった。
この光景がより皮肉に感じられるのは、この場に“環境保護”を日常的に訴えてきたスターたちが同席していたからだ。
ジェーン・フォンダ、ハビエル・バルデム、レオナルド・ディカプリオといった、気候変動や環境問題の重要性を強調してきた名だたる面々が、そこにいた。しかし、閉幕後の客席の風景は、彼らが発してきたメッセージとはお世辞にも調和しているとは言い難かった。
もちろん、特定のスターがゴミを捨てたと断定することはできない。運営の不手際やゴミ箱の不足もあっただろう。しかし、スポットライトが消えた後に残された痕跡が、失望を誘うものであることは事実だ。
一方で、他人が捨てたゴミまで進んで拾うスターがいる。大谷翔平だ。
大谷が球場の内外でゴミを拾う姿は、今や世界的に知られている。ベンチの床、グラウンドの隅。誰もが通り過ぎてしまうような小さなゴミを前にも、彼は迷わず腰をかがめる。
この行動は単なる美談に留まらない。それは習慣であり、態度であり、哲学だからだ。
大谷は花巻東高校時代、佐々木洋監督から授かった「ゴミは人が落とした“運”だ。ゴミを拾うことは運を拾うことで、ツキを呼び込む」という教えを今も実践しているという。他人が捨てたものを片付ける行為を損と捉えるのではなく、自分を磨く徳へと昇華させたのだ。
オスカーの客席に残された惨状と、大谷の行動がこれほどまでに対比される理由がここにある。一方は環境を言葉にし、もう一方は黙って行動する。一方は華やかな照明の下で拍手を浴び、もう一方は目立たない場所で静かに場を整える。
正装したアカデミー賞の出席者たちが、ゴミを手に持って移動するのは難しかったのかもしれない。あるいは、アメリカにはポップコーンやカップをその場に置いていく文化が一部で残っているのも事実だ。それでも、床は静かに、雄弁に物語るだろう。
「オスカー像は輝いていたが、その日の“品格”までもが輝いていたとは言い難い」と。





