両親は韓国から日本に渡り、子ども5人を育て上げてくれたという。アンミカが29歳のときに父親が他界。彼女は両親のお墓を作る目的と同時に、両親のルーツを正しく知ろうと済州島に家族で戻ったという。
それまでモデルとして縦社会の中で生きてきたアンミカは、一回り下の18歳の同級生から「アンミカっていうんだ?じゃあミカりんって呼ぶね」と告げられた際、「そっか、私、今タダの学生や。いかにモデル・タレントのアンミカとして勘違いしていたか。いかにうぬぼれていたか目覚めた」と回顧。
当初は3ヵ月で帰る予定だったが、毎日が刺激的だったため、結局1年3ヵ月過ごしたとという。さらに「まだ何物でもなかったころの自分に戻ることができた」と語られていた。






