幼い頃のいじめ、父親への反発・・・和田アキ子、自身の生い立ち語る | RBB TODAY
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幼い頃のいじめ、父親への反発・・・和田アキ子、自身の生い立ち語る

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 8月30日よる8時からは、『中居正広のキンスマペシャル』(TBS系)が放送される。

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 番組では、「金スマ レジェンド波乱万丈!」として、ゲストに和田アキ子が登場。和田が今回語るのは、これまでテレビではあまり話してこなかった自身の生い立ちについて。小学校6年で身長が165センチもあった彼女は、恵まれた体格を武器に同級生の男の子たちとケンカばかり・・・と思いきや、身長の高さを理由にいじめられることが多かったという。

 子どものころの和田にとって恐ろしかったのは父親。100人以上の門下生を持つ柔道の師範で100キロを超える巨漢。和田はそんな父に6歳のころから柔道を厳しく指導され、中学1年時にはすでに黒帯。厳しすぎる父のもと、一家団欒というものを知らずに育った和田は、テレビでホームドラマを見るたびに、優しい父がいる「温かい家庭」に憧れたという。

 小学校高学年になると、和田は父に反発。当時の和田には父の愛情というものがわからず、ついには「私は本当にお父さんの子どもですか? いつか、あんたが寝てる間に包丁で刺し殺して、私も死んだる!」と訴えたそうだ。その後は非行に走り、手当たり次第に喧嘩に明け暮れる日々。家出生活を始めて1年後には、中学2年にして大阪の繁華街では知らぬ者はいない不良番長になった。

 その一方で、和田はジャズやブルースといった外国の音楽に夢中に。16歳のとき、大阪のステージで歌っていると、東京の芸能事務所の人間を名乗る男に声をかけられ「直接、社長に会って欲しい!」と懇願されたそうだ。後日、東京からやって来たのは、角刈りにいかついスーツの怪しい男性。その人こそ、現在、深田恭子や綾瀬はるか、石原さとみなど数々のスターを抱える大手芸能事務所「ホリプロ」の社長・堀威夫だった。

 芸能生活をスタートすると新人時代の生活、先輩からのいじめなどに耐えながら歌い続け、ついに1970年、4枚目のシングル「笑って許して」が20万部を超える大ヒットに。この年、初めてNHK紅白歌合戦に出場する。番組では、和田アキ子の幼少から芸能生活51年間の裏表、そして、31歳で結婚した夫との生活や、その裏にあった過酷で悲しい出来事などを語っていく。

 『中居正広のキンスマペシャル』(TBS系)は、8月30日よる8時から放送。
《KT》
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