複雑にシンプルに、センス・オブ・ワンダー…『サカサマのパテマ』 | RBB TODAY
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複雑にシンプルに、センス・オブ・ワンダー…『サカサマのパテマ』

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(c)Yasuhiro YOSHIURA/Sakasama Film Committee 2013
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文: 氷川竜介(アニメ評論家)

複雑な内容を伝えたいときには表現をシンプルに。逆に複雑な表現を伝えたいときには内容をシンプルに。これは作品づくりの鉄則である。『イヴの時間』で知られる吉浦康裕監督の新作『サカサマのパテマ』は、まさに後者の好例といえるアニメ映画だ。
互いに逆方向へ重力が作用するという、本来は絶対に交わることのない異世界同士が接触する。それも「ボーイ・ミーツ・ガール」のシチュエーションによって。そこからすべての価値観が逆転する。50文字程度で梗概が書けるとは、なんともシンプルで力強い骨子の物語ではないか。

ただしこれまで『天空の城ラピュタ』に代表される諸作品では、ガールがボーイの世界へ「落ちてくる(降臨する)」ことが多かった。今回もヒロインのパテマから見れば「落ちる」という体験になるわけだが、受け止めたエイジからすれば地面ではなく「空に向かって落ちそうになる」という点に、独自性と新規性がある。
確かにアニメーションのひとつの効能には「異世界を完全構築できる」ということがある。しかし重力の法則が逆転したオブジェクト同士を絡めて描くことは、かなり難しい。観客はアニメが恣意的に描けるものと知っているだけに、「作者が勝手に考えた世界でしょ」と拒絶をまねきかねないからだ。単に「失敗した映像」に取られるリスクも大きい。

そんな複雑性のある映像表現を、吉浦康裕監督は独特の移動感を宿したカメラワークと説得力に充ちた作画の組み合わせで、ふたつの世界が交わる危うい重力バランスを全編にわたって貫いていく。本人たちにとっては実に深刻な状況ではあるのだが、同時にユーモラスな場面も多々あって、笑ったり思わずヒヤリとしたりしているうちに、そのハラハラドキドキの感情が画面と物語世界への没入をうながしていく。
そして前代未聞の「手を離せば空へ落ちる」というボーイ&ガールが一体となった道行きに完全同調したとき、自分の価値観が世界まるごとひっくり返る感覚が訪れる。この驚きはまさにSFで言う「センス・オブ・ワンダー」であり、言語を越えたあの感覚と視点は、現実世界に戻った後も尾をひいて残る。映像でしか語れないSFがあるということを実作で提示した点でも、『サカサマのパテマ』は実に貴重な作品なのである。

いろいろ小難しいことをつい語ってしまったが、可愛い女の子が困っていれば、なんとかして悪いヤツらから守ってあげたくなるのが男の子というもの。そうすることで、閉塞していた自分も開放されるかもしれない。この映画はその点でもシンプルなエンターテインメントなので、まずは楽しんでほしい。そして劇場で大勢の観客と、世界丸ごとが「グルン!」とひっくり返るあの感覚を、ぜひ共有していただきたい。そこから何かが始まる予感が得られるはずだ。その点でも、まだ30代序盤でこれだけの作品を構築しぬいた新世代クリエイター吉浦康裕監督の映像には、大スクリーンで体感するだけの価値がある。

『サカサマのパテマ』
2013年11月9日(土) 全国劇場公開
http://patema.jp/

危うい重力バランスとユーモアが導く「世界逆転の物語」――「サカサマのパテマ」:氷川竜介

《animeanime》
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