【「エンジニア生活」・技術人 Vol.19】「技術」と「ビジネス」の溝を埋める——日本アイ・ビー・エム・中林紀彦氏
しかし、短期間のプロジェクトや、特定の部署しか使わないニッチなアプリケーションには、専用のシステムを導入する予算が下りることは滅多にない。そんなときに、もっと手軽に社内で簡単なマッシュアップアプリを作れれば、低コストで仕事の効率化が図れる。そんなニーズに応えるべく開発されたのが、Web2.0を使ったミドルウェア「IBM Mashup Center V1.0」(以下Mashup Center)だ。日本アイ・ビー・エム、ソフトウェア事業インフォメーション・マネジメント、データサービス・テクニカル・セールス部門でソフトウェア・エバンジェリストを担当する中林紀彦氏に聞いた。
「Mashup Centerを使えば、ITに特別詳しい知識のない企業内のエンドユーザーでも、そのときどきのニーズに合わせたアプリケーションを簡単に作ることができます」。
独自開発のアプリケーションに比べれば格段に簡単に作れるとはいえ、マッシュアップはまだまだ一般ユーザーには敷居が高いイメージだ。だが、「IBM Mashup Center」では、エンドユーザーに近い、いわゆる一般のユーザーでも使えるようにグラフィカルなインターフェースと簡単な操作でマッシュアップアプリを作れるようになっている。企業内の基幹システムや個人PCなど、あちこちに点在するデータをウィジェット化し、それらを組み合わせてシチュエーショナルなアプリケーションを構築することが可能なのだ。
■8割の完成度で状況に応じたシステムを作る
同製品には大きく3つの段階がある。まずはじめに、リレーショナルデータベースに入っている顧客データや個人PC内のエクセルデータなどをパーツ化する。「この段階をIBMの造語で、個人のPCなどで通常“ロック”されているデータを、“アンロック”すると言います。具体的には、データをXML化してRSSまたはAtomのフィードとして社内のネットワークサーバー上で公開します。 イントラネット内で利用できるYahoo Pipesといったイメージですね」。
そして2つ目が、そのフィードどうしをマッシュアップし、新たなフィードを作り出す“トランスフォーム”という段階だ。ここでは、例えば基幹システムの顧客データのフィードと、エクセルで簡易集計したイベント時の顧客アンケートのフィードをマッシュアップして、新しいデータを作る。データベースやエクセル、フィードやRSSがわかれば、ノンプログラミングで作り出せる。3つ目が、公開されたフィードを、iGoogleのようなイメージでブラウザ上でマッシュアップする段階で、誰でも使用することができる。
「これらを、フレームワーク的にスパイラルで使用することをイメージしています。自分が作ったアンケートのエクセルのフィードを社内で共有し、さらにそれをほかのフィードとマッシュアップしたものを共有する。それらをブラウザ上でアセンブルしてページを作り、そのページをまた共有する……というふうに、どんどんスパイラルで使っていく。きっちりとした基幹システムではなく、8割くらいの完成度でそこそこ使えるというイメージ。イベントが終わってそのシステムが必要なくなったら、マッシュアップしたページは捨てますが、フィードは残っていて後にまた誰かが使うことができるんです」。
■わかりやすい事例を用いて技術を伝える
では、実際のビジネスシーンで、この製品をどのように役立てればよいのだろうか? 7月に世界同時発売されたばかり同製品。欧米ではベータ版の段階から顧客によるテスト使用が行われており、ボーイング社の災害緊急システムでテストされた実績もある。日本でも現在テスト使用を進めている段階で、セミナーなどで製品や技術について説明し、顧客の意見を聞きながら使用方法の提案を行っていくのが、中林氏の重要なミッションとなる。
「例えば、コンビニやスーパーなどの仕入れ担当者といった立場の人たちに合わせたマッシュアップアプリケーションが考えられます。商品の売り上げは、飲料や氷菓など天気によって大きく変わるものもあれば、国体やインターハイ、花火などの季節イベントにも左右される。また、テレビ番組などで商品が紹介されれば品切れになることもある。こうしたデータを提供するウィジェットと、基幹システムにある売上げ実績、在庫などのフィード化した社内データをマッシュアップすれば、トータルで仕入れを考えるシステムが作れます」。
最近はガソリン価格が高騰しているため、社内の配送システムとガソリン価格の提供サイト、スタンドの位置情報などを組み合わせて最適なコースを探るというマッシュアップも考えられる。これらを実現するソフトウェアを個別に開発すると、時間もかかるしコストパフオーマンスも悪いが、同製品を使えば、必要がなくなったウィジェットは捨て、新たなウィジェットを組み合わせる……というふうに、フレキシブルなシステム構築が可能となる。
このように、コンビニやガソリンなど、一般的にわかりやすい事例を用いての説明をいつも心がけているという中林氏。「テクノロジーだけでなくビジネスを理解している必要がある。プラスαの部分が大事です」と語る。そのため、日頃からいろいろな業界の知識を仕入れ、製品とは一見関係なさそうな分野にも、鋭敏にアンテナをはりめぐらしているようだ。
「テレビで地震情報を見ているとき、各県の災害情報対策本部がホワイトボードで情報共有し、テレビ局ごとに被害状況の数が大きく違っていることに気がつきました。もし、被害情報のエクセルデータをフィードとして共有すれば、中央で全体の状況をすぐに把握できるな、と。また、『ボルケーノ』という映画は、ロスに突然吹き出したマグマに人々が立ち向かっていくというストーリーなのですが、地図、地下鉄路線図、水道管の地図など、複数の画面を見ながら判断していたので、マッシュアップすればいいのになあと思ったり」。
■テクノロジーを深く理解する
もちろん、エバンジェリストという仕事は、テクノロジーを深く理解していることが大前提となる。「技術的なバックグランドがあって、はじめて人に伝えられる」と語るとおり、製品を実際に動かしてみて、わからないところは徹底的に資料を調べ、ときにはソースコードまでのぞいて完全に理解するという。
大学ではコンピュータサイエンスを専攻していたという中林氏。その頃、ちょうど日本でインターネットが普及しはじめ、学内でインターネットサイトやDNSサーバーを作ったり、LinuxやApacheなどのインターネット系の技術にも触れた。「Apacheもソースからダウンロードして書き換えて動かしたりしていたし、今思えばそれがすごく役立っていますね。実は、今でもアパッチファンデーションのサイトからダウンロードしていじりたいなと思ったりもするんですが、なかなか時間がとれなくて……(笑)」。
中林氏が日本アイ・ビー・エムに転職したのは6年前だ。それまでは、企業のIT部門での情報システム企画、エンドユーザー部門での企画や戦略立案などに携わっていたが、もっと広く技術を知りたいとの思いから、現職を選んだ。「ITは道具だと思っていて、それをいかに上手く使うか、ビジネスに役立てるかに興味があります。企業のIT部門とベンダーのプリセールスの立場でいろいろと見てきましたが、技術だけだとうまく伝わらない部分、逆に技術を知らないとわかりずらい部分がある。その溝を埋めることが自分のテーマだと思っています」。経営者にはITに詳しくない人も多いというが、そんな人達に、新しいテクノロジーがビジネスに与えるインパクトを伝えたいのだという。
そんな彼が気になっているのが、日本ではなかなか新しい技術に手を出したがらない傾向があるということ。事例を重んじるため、どんな企業がどのように使っているのかを最初に問われたり、メディアに多く取り上げられたサービスが伸びたりはするが、新しいテクノロジーにチャレンジしようという人は少ないと感じる。「インターネットの世界でも、新しくおもしろい技術は外国から来ることが多い。このままでは、技術者の質もビジネスの内容も、世界に比べ競争力が低下していくのではと危惧しています。ですから、新しいテクノロジーをわかりやすく、なるべく多くの人に伝えたい。そして世界に劣らないものを作り出す人達に、インパクトを与えられたらと思っています」。
「エバンジェリスト」とはもともとはキリスト教の伝道者を意味する言葉だ。加速度的に変化していく世界のなかで、未知のテクノロジーをわかりやすく伝え、日本のビジネスパーソンやエンジニアに未来への道筋を示す——それが中林氏の仕事である。
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