学校法人順天堂 順天堂大学医学部附属浦安病院


聖路加国際病院(東京都中央区)小児科の血液・腫瘍研究グループと、順天堂大学医学部附属浦安病院(以下、浦安病院)は、日本ではこれまで十分に調査されていなかった成人期を迎えた小児がん1)経験者における心機能を調べました。その結果、小児がん経験者の14%に、晩期合併症2)として心機能障害が見られることが明らかになりました。
本研究成果は2025年5月30日、日本心臓病学会が発行する学術誌「Journal of Cardiology」で公開されました。
背景
現在、小児がんの治療成績は大きく向上し、80%以上の方が長期生存できるようになっています。そのため、治療後も生活の質を良好に保つことが重視されています。小児がんは白血病、リンパ腫、肉腫などが多く、これらに対して化学療法(抗がん剤)や放射線治療などを組み合わせた治療が行われます。その中でも、アントラサイクリン系薬剤3)や胸部への放射線治療は、治療後10~20年以上経ってから心臓に影響(心機能障害)を及ぼす可能性があることが知られています。そのような「がん治療関連心機能障害」は将来の心筋梗塞や心不全など心血管疾患の発症リスクにも関係するため、早期診断・早期治療だけではなく発症の予防が重要です。
しかし、これまで日本では小児がん経験者のがん治療関連心機能障害の実態について調査されておらず、どのような患者さんにおいて心機能障害の発症に注意を払うべきか明らかではありませんでした。
研究手法と成果
聖路加国際病院小児科では2016年2月から、18歳以上の小児がん経験者(診断から10年以上、かつ治療終了してから5年以上)を対象に人間ドックを用いた包括スクリーニングを行っています。今回は、その中で行われた心臓超音波検査結果を解析し、小児がん経験者のがん治療関連心機能障害について調べました。
心臓の収縮能を表す左室駆出率4)が53%以下の場合をがん治療関連心機能障害と定義したところ、小児がん経験者108人(検査時年齢中央値 25歳、平均治療後年数 16年)のうち15人(14%)ががん治療関連心機能障害と診断されました。
また、これら心機能障害を有する小児がん経験者では心臓超音波検査結果の中でも潜在性の心機能障害を発見できるとされている左室長軸方向ストレイン5)値が低下していました。中でも、左心室の前側(心室中隔)のストレイン値が低下しており、限局的な心臓の筋肉の障害が明らかになりました。この左室ストレイン値は左室駆出率が低下する前に低下するため、心機能障害の早期発見に役立つ可能性が示されました。

さらに、心機能障害を有する小児がん経験者の多くはアントラサイクリン系薬剤の累積使用量が体表面積あたり300mg以上であり、がん治療関連心機能障害発症のリスクとなる累積使用量は体表面積あたり150mg以上と算出されました。


今後の展望
今回の研究から、小児期に化学療法や放射線治療が行われた小児がん経験者の14%にがん治療関連心機能障害があることが明らかになりました。特にアントラサイクリン系薬剤を体表面積あたり150mg以上投与された小児がん経験者は、成人後も定期的に心機能評価を行うことが重要であると考えます。また、心機能障害の早期発見には一般的に用いられる左室駆出率だけでなく、左室長軸方向ストレイン値も有用である可能性が示唆されました。小児がん経験者が健康管理を行う上では、自身が受けた治療の内容や薬剤投与量を記録した「治療サマリー」を手元に保管し、自身の治療歴を把握しておくことの大切さも改めて確認されました。
今後は、このような心機能障害を早期に発見して、心機能を保護する薬剤の投与によって心機能障害の進行を防げるかどうかを明らかにするため、さらなる検証を行っていきたいと考えます。
用語解説
*1 小児がん
小児期に発症する様々な種類の悪性腫瘍の総称。日本国内では年間約2,000~2,500人が15歳未満の小児期にがんと診断されています。
*2 晩期合併症
がんに対する治療が終了した後、治癒したとみられる患者さんにがんそのものやそれに対する治療の影響によって生じたと考えられる合併症。使用した抗がん剤の種類と投与量、放射線療法の実施部位や照射量などに関係すると考えられています。
*3 アントラサイクリン系薬剤
がんの治療に使われる抗がん剤で、代表的な薬剤に「ドキソルビシン」や「ダウノマイシン」などがあります。がん細胞のDNAに働きかけて細胞の増殖を止める効果がありますが、副作用として心臓の筋肉を傷害するため、累積使用量には注意が必要とされています。
*4 左室駆出率
心臓が血液を送り出す力を示す数値。通常は55%以上が正常とされます。
*5 左室長軸方向ストレイン
心臓の縦方向の収縮機能を見るための指標。左室駆出率よりも早期に低下するため、潜在性の心機能障害を発見できる可能性があります。
論文情報
タイトル:Echocardiographic parameters and risk factors for cardiomyopathy in Japanese childhood cancer survivors: a report from St. Luke's lifetime cohort study.
著者:Naoko Ichikawa(市川奈央子)1, Daisuke Hasegawa(長谷川大輔)2, Kyoko Nagase(永瀬恭子)3, Michiyo Gunji(郡司美千代) 3, Kyoko Kobayashi(小林京子)4, Yosuke Hosoya(細谷要介) 2, Miwa Ozawa(小澤美和) 2, Ken Takahashi(高橋健)5.
著者所属:1)聖路加国際病院 臨床検査科、2)聖路加国際病院 小児科、3)聖路加国際病院 看護部、4)聖路加国際大学 大学院看護学研究科、5)順天堂大学医学部附属浦安病院 小児科
掲載誌:Journal of Cardiology
DOI: 10.1016/j.jjcc.2025.05.018.
【問合せ先】
<研究に関するお問い合わせ>
聖路加国際病院 小児科 部長 小澤美和(おざわ・みわ)
TEL:03-3541-5151(代表)
E-mail:mochiwa@luke.ac.jp
順天堂大学医学部附属浦安病院 小児科 教授 高橋健(たかはし・けん)
TEL:047-353-3111(代表)
E-mail:kentaka@juntendo.ac.jp
<取材に関するお問い合わせ>
学校法人聖路加国際大学 法人事務局 広報課
〒104-0045 東京都中央区築地3-6-2
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順天堂大学医学部附属浦安病院
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