【「エンジニア生活」・技術人 Vol.8】決定的瞬間を撮る超高速連写——カシオ・黒沢和幸氏 | RBB TODAY
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【「エンジニア生活」・技術人 Vol.8】決定的瞬間を撮る超高速連写——カシオ・黒沢和幸氏

IT・デジタル デジカメ
カシオ計算機開発本部QV統轄部第一開発部・第11開発室室長の黒沢和幸氏
  • カシオ計算機開発本部QV統轄部第一開発部・第11開発室室長の黒沢和幸氏
  • 1秒間になんと「60枚」の写真が撮れる超高速連写デジタルカメラ「EX-F1」。このモンスターを生み出したカシオ計算機のエンジニア、黒沢和幸氏に超高速連写の開発秘話を聞いた。
  • 1秒間になんと「60枚」の写真が撮れる超高速連写デジタルカメラ「EX-F1」。このモンスターを生み出したカシオ計算機のエンジニア、黒沢和幸氏に超高速連写の開発秘話を聞いた。
  • 1秒間になんと「60枚」の写真が撮れる超高速連写デジタルカメラ「EX-F1」。このモンスターを生み出したカシオ計算機のエンジニア、黒沢和幸氏に超高速連写の開発秘話を聞いた。
  • 【左】マグネシウムダイキャスト【中】高速CMOSセンサー【右】画像エンジン搭載基板
  • PIE 2008で披露されたEX-F1
 撮りたい瞬間を撮るのがカメラの役割。だが、スポーツシーンなど動きの速い被写体の撮影となるとそう簡単ではない。動きが速すぎて決定的な瞬間にシャッターが押せず、撮影失敗に終わることがよくある。カシオ計算機が今年1月に発表したデジタルカメラ「EXILIM EX-F1」(発売中、実勢価格130,000円前後)は、この問題を解決するために生み出された。「決定的瞬間を確実に撮れるカメラを作りたい。この想いがEX-F1の開発のきっかけです」と同製品の生みの親、同社開発本部QV統轄部第一開発部・第11開発室室長の黒沢和幸氏はいう。

 黒沢氏は1982年入社。ポケット液晶テレビの開発からスタート。95年、液晶搭載でコンパクトサイズを実現したデジタルカメラ「QV-10」の開発を手がけたのち、カーナビゲーションの開発部門に異動。2000年からデジタルカメラ開発に戻り、薄型・コンパクトデジタルカメラ「EXILIM」を2002年に送り出す。現在、同氏が所属するQV統轄部は、デジタルカメラ専門の開発組織。「QV」の由来はいわずと知れた「QV-10」だ。

 QV統轄部のデジタルカメラづくりのポリシーは「デジタルだからこそできること、そして、他社とはちがうもの」だという。しかし、同統轄部が他社に先駆けて開発した液晶搭載コンパクトデジタルカメラや超薄型化も今となっては当たり前のこと。次々と新しい機能を搭載したデジタルカメラが他社からも発表されている。そこで、「次の一手」を模索しているところに、黒沢氏のいう「決定的瞬間を確実に撮れるカメラ」が選ばれたのだ。

 1秒間に「60枚」の超高速連写ができるのがEX-F1の最大の特徴。プロ仕様の高級一眼レフカメラの連写性能、8〜10枚/秒をはるかに凌ぐスピードだ。この特徴を生かして、シャッターを押す前から60枚/秒の撮影を行う「パスト連写」を実現。この機能をセレクトすると、シャッターを切る前の画像もメモリーしているので、シャッターを押すタイミングの遅れで決定的瞬間を逃す心配がない。また、鳥が飛び立つ瞬間など、被写体がフレームアウトする一瞬を検知してその前後を連写する「ムーブアウト連写」や、逆にランナーがゴールインする瞬間など被写体がフレームインするところを検知・連写する「ムーブイン連写」機能も搭載する。

 動画機能も優れている。通常のビデオカメラの動画撮影では1秒間に撮れるフレーム数は30〜60フレームだが、EX-F1は業務用のハイスピードカメラ並みの最大1,200フレームの撮影が可能。1,200フレームで撮影すると、ゴルフボールのインパクトの瞬間もスロー再生で確認できる。動画の高速撮影も、静止画60枚/秒の撮影性能を応用したものだ。「数百万円はする業務用カメラの高速撮影機能が130,000円のカメラに搭載されている。このハイスピードムービー機能が、EX-F1の評価を高めています」と黒沢氏。また、解像度が最大1,920×1,080ピクセルのフルHDムービー機能も搭載し、フルHD撮影中にシャッターを押すと600万画素の静止画の撮影もできる。

■ソニーからの高速CMOSセンサーの提案

 1秒間に60枚の連写は、どのようにして実現できたのか。

 2005年、黒沢氏はソニーの新開発の撮像素子「1/1.8型 高速CMOSセンサー」に出会う。ソニーから「有効600万画素で、60枚/秒の連写が可能だ」と説明を受け、「これを使えば決定的瞬間を逃さないカメラができるかも知れない」と思ったという。そこで、同年10月から早速、開発をスタートさせたのだった。だが、すぐに大きな壁にぶち当たってしまった。それは、膨大な画像データの処理だ。

 デジタルカメラは撮像素子から被写体の画像データを取り込み、それを画像エンジンで処理したのち、メモリーカードに保存する仕組みになっている。高速CMOSセンサーを使用した場合も基本的に同様の仕組みだが、画像データが従来のデジカメの10倍以上だというのだ。「60枚/秒の画像を撮影するということは、それだけ多くの画像データを取り込み、処理する必要があるわけです」と黒沢氏。同センサーをカメラに取り付けると、入ってきたデータを処理しきれず、カメラが“パンク”してしまうのだ。

 EX-F1の発売目標は当初、同社の創立50周年に当たる2007年6月だった。それが結果的に半年以上遅れてしまったのは、まさにこの問題の解決に予想以上の時間を費やしてしまったからだ。従来のコンパクトデジタルカメラの開発期間は8〜10カ月程度。これに対し、EX-F1は画像エンジンの開発に約1年半、同エンジンを制御するソフト開発に1年の計2年半もかかった。

 「これまでのデジタルカメラ用LSIでは高速処理できない。無理に高速化すると、今度は電力消費や発熱量が大きくなり過ぎる。何度も設計をやり直しましたよ」と振り返る。LSIの改良に加え、データを一時的に蓄積しておくDRAMの容量を大きくする必要も生じた。回路基板上に4個のDRAMが搭載されており、計512MBとノートPC並の容量となった。これはデジタル一眼レフ搭載DRAM容量の2〜4倍だ。また、「LSIが完成したのち、制御ソフト開発に取りかかりました。既存のものでは全然役に立たなかったから。これにも時間と手間を取られました。前例のない新しいLSIなので、ソフト設計もゼロからのスタートになってしまったためです」。

 試行錯誤の末、やっとできあがった画像エンジンは「EXILIMエンジン HS」と名付けられた。しかし、まだやり残したことがある。それは、「放熱問題」だ。

■マグネシウム・ダイキャストで放熱処理

 高速CMOSセンサーに対応した画像処理エンジンはできた。次の段階は、カメラ本体に組み込んだ状態で正常に動作するかのチェックだ。そのとき、熱シミュレーションをコンピュータ上で行ったところ、熱量が多く、カメラ内でオーバーヒートしてしまうことが判明した。

 PCの放熱処理のように冷却ファンを使用することが一時検討された。だが、「確かに冷却ファンは放熱に優れ、コストが安い。しかし、冷却ファンはデジタルカメラのイメージに合わない。『まるでPCだ』という異論が出て見送るかたちとなった」と黒沢氏。デジタルカメラのイメージを壊さない放熱処理とは何か。昼夜問わず考え抜いた結果、熱伝導がよく放熱効果が高い素材とされるマグネシウムを使用したダイキャストをカメラ内に装着するということだった。回路から発生した熱をマグネシウム・ダイキャストに伝えることで放熱する。同キャストが帯びた熱はさらに、カメラ外装素材に伝わっていくという仕組みだ。

 従来のデジタルカメラでこれだけの放熱処理システムを搭載するものはない。EX-F1とは、熱量においても例外中の例外のデジタルカメラなのである。

■ユーザーをビックリさせる製品を作りたい

 決定的瞬間を撮影できるデジタルカメラの開発に成功した黒沢氏。だが、EX-F1の出来栄えに「100%満足はしていない。改良したい点がまだまだ残っている」という。

 「当社のカメラはコンパクトが特徴。EX-F1は高速処理できるエンジンを搭載したことで、消費電力が多くなったと同時にカメラ本体が大きくなり過ぎた」と。また、ハイスピードカメラよりはかなり安い価格とはいえ、コンパクトデジタルカメラに比べると高価なので、コストダウンを図り、低価格化を実現したい。60枚/秒で撮影したときのメモリーカードへの書き込みスピードをもっと速くしたいとも。これらの課題をクリアーするため「設計のやり直し」を続けていくそうだ。製品をさらに進化させようとするこのようなエンジニアの執念こそが、開発の原動力なのだ。

 そして、黒沢氏は「ユーザーをビックリさせるような斬新な機能を搭載したデジタルカメラを作り続けたいですね」ともいう。「デジタルカメラは家族や友人、知人に披露できる製品なのです。だから、ユーザーが感動してくれる姿が見られる。これが私のデジタルカメラ開発の最大の喜びであり、やりがいになっています」。

 カシオ計算機の創造憲章の第1章には「独創性を大切にする」と明記されている。黒沢氏のいうユーザーをビックリさせる製品づくりとはまさに、カシオの遺伝子なのであろう。
《羽石竜示》
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