俳句と絵画の両道を究め、生活を芸術にする精神を、同じ俳諧の道を歩む黛まどかが読み解く。蕪村全句から浮かび上がる異才の人間像とは――。『蕪村 「日常の美」の発見者』が8/26(水)、新潮社より発売。

「菜の花や月は東に日は西に」「春の海ひねもすのたりのたりかな」――生涯に多彩な名句を残し、芭蕉、一茶と並び称される与謝蕪村。画業においても数々の名作で知られる両道の異才ながら、その人間像にはいまだ謎が多いといわれます。故郷・摂津から江戸へ、さらに下総や東北、西に転じて丹後や讃岐、そして京都――繰り返される遊歴と彷徨、そしてまた生業と日常の中にあって、最期まで己が芸術の道を貫いた生涯とその魅力を、同じ俳諧の道を歩む著者が鮮やかに読み解きます。
■本書の目次より
1 人生のパラレル菜の花や月は東に日は西に/几巾きのふの空のありどころ
2 故郷想望
やぶ入や浪花を出て長柄川/春風や堤長うして家遠し
3 岐路
鶏は羽にはつねをうつの宮柱/古庭に鶯啼きぬ日もすがら
4 丹後へ
夏河を越すうれしさよ手に草履/みじか夜や六里の松に更たらず
5 春惜しむ
春の海終日のたりのたり哉/ゆく春やおもたき琵琶の抱心
6 後の世かけて
春水や四条五条の橋の下/傾城は後の世かけて花見かな
7 生を写す
牡丹散て打かさなりぬ二三片/牡丹切て気のおとろひし夕かな
8 余白を読む
ほとゝぎす平安城を筋違に/不二ひとつうづみ残してわかばかな
9 市井の女たち
青梅に眉あつめたる美人哉/かはほりやむかひの女房こちを見る
10 光と影
御手打(討)の夫婦なりしを更衣/みじか夜や枕にちかき銀屏風
11 京の文人ネットワーク
草の雨祭の車過てのち/鮎くれてよらで過行夜半の門
12 京の年中行事
祇園会や真葛が原の風かほる/飛入の力者あやしき角力かな
13 俳句と絵画に見る“幅”
学問は尻からぬけるほたる哉/狩ぎぬの袖のうら這ふほたる哉
14 蕪村の五月雨
五月雨や滄海を衝濁水/さみだれや大河を前に家二軒
15 涼し
すゞしさや鐘をはなるゝかねの声/恋さまざま願の糸も白きより
16 時間と空間
貧乏に追つかれけりけさの秋/稲づまや浪もてゆへる秋津しま
17 コラボレーション
四五人に月落かゝるおどり哉/おのが身の闇より吼て夜半の秋
18 「身体性」で詠む
秋来ぬと合点させたる嚔かな/身にしむや亡妻のくしを閨に踏
19 月の光
月天心貧しき町を通りけり/三井寺や月の詩つくる踏落し
20 老いらくの恋
老が恋わすれんとすればしぐれかな/鳳巾の糸心行迄のばすらん
21 秋の暮
父母のことのみおもふ秋のくれ/門を出れば我も行人秋のくれ
22 辞世
芭蕉去てそのゝちいまだ年くれず/我も死して碑に辺せむ枯尾花
■著者コメント
父母と早くに死別し、二十歳前後で江戸に出た蕪村は、俳諧師早野巴人(宋阿)の知遇を得て弟子となる。五年後に宋阿が死去すると、宋阿の縁故を頼って北関東の有力者のもとに寓居し絵画や俳諧に勤しみながら奥羽などを遊歴する。京に定住するまでの十年間の流浪の日々は、「漂泊の思ひやまず」旅立った芭蕉のそれとは明らかに違う。まず先に漂わざるを得ない状況が訪れ、その中で蕪村は回歴するのだ。能動であり受動である。或いはそのどちらでもない「中動態」的な生き方だったといえないか。(中略)
蕪村は俳句においても自身のことは語らない。意図的に口を閉ざす。そこに蕪村の美学や信条の片鱗を見る気がする。
本書を執筆するにあたり、蕪村の全句を読み返すことから始めた。句の余白に耳を澄ませて蕪村の発せぬ声を聴き取り、精神を浮かび上がらせたいと願う。その寡黙な俳句を手がかりに、真の蕪村像に迫ってみたい。(「プロローグ」より)
■書籍内容紹介
「菜の花や月は東に日は西に」「春の海終日のたりのたりかな」──誰もが知る数々の名句を後世に遺した与謝蕪村。絵師としても傑出した両道の異才だが、その人間像にはいまだ謎が多い。俗塵の中にあって、最期の瞬間まで己が芸術の道を究めた波乱の生涯と、尽きせぬ作品の魅力を、同じ俳諧の道を歩む著者が鮮やかに読み解く。■著者紹介 黛まどか(まゆずみ・まどか)
俳人。神奈川県生まれ。「B面の夏」50句で第40回角川俳句賞奨励賞。スペイン・サンティアゴ巡礼道、韓国プサン―ソウル、四国遍路88ヶ所などを踏破。「歩いて詠む・歩いて書く」ことをライフワークとしている。句集『北落師門』、随筆『暮らしの中の二十四節気』『私の同行二人』など著書多数。
■書籍データ
【タイトル】蕪村 「日常の美」の発見者【著者名】黛まどか
【発売日】2026年8月26日
【造本】新潮選書
【定価】1925円(税込)
【ISBN】978-4-10-603949-2
【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/603949/
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