
2025年7月7日
早稲田大学
北九州市立大学
岡学山大
植物体内への糖輸送をリアルタイムで監視する
「植物刺入型多酵素センサ」を開発
発表のポイント
〇多酵素電極(グルコースオキシダーゼ、インベルターゼ、ムタロターゼ)を搭載した針状バイオセンサを開発。ストロベリーグアバの茎および果実内でのショ糖動態を24時間リアルタイムで測定可能。
〇安定同位体標識水を用いた検証で、日本杉の葉からの光依存的な水とショ糖の吸収を確認。
〇スマート農業や植物生理学研究への応用が期待。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507041717-O3-zTYe0g59】
図1 植物刺入型多酵素センサシステムの開発
早稲田大学大学院情報生産システム研究科の三宅 丈雄(みやけ たけお)教授、アズハリ・サマン助教の研究グループ、北九州市立大学環境生命工学科の河野 智謙(かわの とものり)教授、岡山大学学術研究院先鋭研究領域(異分野基礎科学研究所)の仁科 勇太(にしな ゆうた)教授は、植物の茎や果実内に刺入し、糖(スクロースやグルコースなど)の動き(糖輸送)を測る酵素センサを開発しました。
植物内のショ糖輸送のリアルタイム計測は、光合成、生育、環境応答の解明に不可欠ですが、これまで植物内部に持続的に挿入できる高感度センサの実現は困難でした。本研究では、酵素反応により電流信号を得る自己発電型バイオセンサを植物体内に適用し、糖輸送の連続的かつ定量的な可視化を実現しました。
本研究成果は、科学研究費補助金 科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ「電子・イオン制御型バイオイオントロニクス」(JPMJPR20B8)による成果であり、2025年6月8日にElsevierの科学誌「Biosensors and Bioelectronics」にオンライン版で公開されました。
(1)今回の研究の背景
植物は私たちの暮らしに欠かせない存在であり、その健康状態や成長の仕組みを正確に把握することは、持続可能な農業の実現や気候変動への対応において極めて重要です。特に、植物が光合成によって生み出すショ糖(スクロース)は、エネルギーを運搬する主要な糖として、植物全体の生理的な状態を知るうえで重要な指標となります。これまで酵素を用いたバイオセンサは、人や動物の健康診断や病気の検出に広く使われてきましたが、植物内部でリアルタイムにショ糖を検出するためのセンサ技術は、十分に発展していませんでした。
植物におけるショ糖のモニタリングを実現するには、いくつかの技術的な課題が存在します。まず、植物の構造は複雑で、茎や葉の硬さ、水分量、厚みなどが種によって大きく異なるため、センサを植え込む際に植物を傷つけず、かつ安定的に動作させるセンサ形状や構造を実現させる必要があります。また、植物内部のショ糖濃度は非常に低いため、高感度で定量的な検出が可能なセンサである必要があります。さらに、センサは長時間にわたって安定して機能し、かつ環境変化や機械的ストレスにも耐えなければなりませんが、これら課題を酵素センサで実現することは困難でした。
このような課題を克服するため、本研究では、植物体に挿入可能な針型の多酵素バイオセンサを新たに開発しました。このセンサは、直径の細いカーボンファイバーを基材とし、酵素を多層的に配置することでショ糖の検出に必要な反応を連続的に引き起こす構造となっています。このセンサを用いて、スギ(Cryptomeria japonica)の若い茎に直接挿入し、光を当てたときと暗所に置いたときのショ糖および水の動きを比較したところ、光照射時には気孔が開き、そこから水分とともにショ糖が吸収される様子が明確に確認されました。これは、従来の「水は根から吸収され、葉から蒸散する」という一方向的な水の流れのモデルに対し、葉の気孔がガス交換だけでなく水や溶質の取り込み口としても機能していることを示唆する新たな知見を示しました。
(2)今回の研究の成果
1.植物刺入型多酵素センサの開発と性能評価
本研究では、植物に挿入してリアルタイムに植物内のショ糖(スクロース)を測定できる高感度なバイオセンサを開発しました。2糖類であるショ糖を酵素で分解し、その生化学エネルギーを電極で得るために、グルコースオキシダーゼ(GOD)、インベルターゼ(INV)、ムタロターゼ(MUT)の複数酵素をカーボン繊維上に修飾しました(多酵素電極※1)。酵素の配置と比率(INV:MUT:GOD = 2:1:2)を最適化することで、従来法よりも強い電気信号を出力でき、測定感度と応答速度が大幅に向上しました。最も効果的だった酵素の並べ方では、内側にGODとMUTを配置し、外側にINVを固定することで、酵素反応と電子移動の効率が最大化(約3倍改善)されました。さらに、このセンサはわずか90秒〜2分でショ糖濃度の変化に応答し、測定限界は100 µMと高性能を示しました。また、周囲の温度が10~40℃の間で変動しても安定して作動し、繰り返しの温度変化にも信号の再現性がありました。酸素を利用したカソードも工夫されており、空気中の酸素を効率的に取り込むことで、電流出力を強化しています。結果として、50 mMのショ糖溶液において最大出力49 µWを記録し、植物体内のショ糖動態を 精密に観察できる小型で高性能なセンサが完成しました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507041717-O4-6Fm48AP4】
図2 刺入型多酵素バイオセンサとその性能
2.ストロベリーグアバにおけるリアルタイムショ糖モニタリング
ここでは、ストロベリーグアバの果実や茎の中に含まれるショ糖を、リアルタイムで測定できる針型センサを開発・評価しました。このセンサは、3Dプリントで作製された本体部分と、先端に改良を加えた注射針部分で構成されており、植物内のショ糖を高感度で検出することができます。特に針の先端には小さな開口部を4か所設けることで、植物の師管(ショ糖が流れる維管束内の流路)にスムーズに挿入でき、新鮮な植物液の流入と針を通過する液の排出を効率よく行える設計となっています。まず、センサの発電能力を実証するために、LEDライトの点滅装置と組み合わせて使用し、果実に挿入するだけでショ糖の濃度に応じてLEDが点滅する様子を確認しました。ショ糖濃度が高いほど電気信号が強くなり、LEDがより速く点滅する仕組みです。たとえば、ショ糖濃度が約38 mMの果実では、LEDが毎秒約4.6回点滅し、この方法でショ糖濃度を直感的に可視化することが可能となりました。
さらに、土壌で育てたストロベリーグアバの茎にセンサを挿入し、24時間にわたって植物の茎を通過する液内のショ糖濃度を連続的に測定したところ、日中にはショ糖濃度が約2.2 mMまで減少し、夜間には約4.3 mMまで増加するという傾向が観察されました。これは、植物が昼間に光合成で糖を生成・蓄積し、夜間にその糖を植物全体に運ぶという、成長に必要なエネルギー供給のリズムを反映しています。この結果は、植物が夜に成長を促進するというこれまでの研究報告とも一致しています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507041717-O5-QZ6kK3h7】
図3 ストロベリーグアバ果実および茎内ショ糖モニタリング
3.日本杉における葉面からの光依存的ショ糖吸収の可視化
最後に、開発した針型ショ糖センサを用いて、日本のスギ(Cryptomeria japonica)の葉からショ糖を吸収する様子を世界で初めてリアルタイムに観測することに成功しました。実験では、針葉樹の葉が光の下で水を吸収する現象に着目し、水の動きを安定同位体※2(¹⁸Oと¹⁶O)でラベルした水を使って追跡しました。光を当てた葉では、暗所に比べて水の流入量が多く、葉の表面、特に気孔を通じての水吸収が光によって促進されることが示されました。さらに、重水(D₂O)中に葉を浸すことで、葉からの水分子(H₂O)の放出も調べました。その結果、光照射によって水の放出速度が上がることがわかり、気孔が開くことで水の出入りが(交換速度)が増大することが明らかになりました。次に、この光依存的な水の取り込みに伴ってショ糖も吸収されるかを検証するために、ショ糖センサをスギの枝に挿入し、50 mMのショ糖溶液に葉を浸して光と暗のサイクルで観察しました。すると、暗い間はショ糖濃度の変化がほとんどなかった一方、光を当てるとセンサが検出するショ糖濃度が大きく上昇し、光によって開いた気孔から水とともにショ糖が葉から吸収されることが確認されました。この反応は繰り返しの光・暗サイクルの中でも再現され、吸収されたショ糖は時間とともに植物体内に移動するため、光を止めると濃度が再び減少しました。この一連の流れから、スギの葉が光の影響を受けて水とともにショ糖を取り込み、それが植物全体に循環する様子をリアルタイムで可視化することに成功しました。また、3日間の連続測定でも安定した動作が確認され、光の変化に対して約45分の時間差でショ糖濃度が変化することも分かりました。これはセンサ自体の応答時間(約90秒)より長く、植物内のショ糖輸送速度(師管内輸送)の物理的な制限によるものと考えられます。
これらの結果は、植物内の光合成産物(ショ糖)がどのように生成され、どのように輸送(転流)されているかを実際の生体内でリアルタイムに追跡する新しい手法を提示するものです。今後、このセンサ技術は、農業における栄養管理や植物のストレス診断、収量予測などに応用できます。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202507041717-O6-3A6vABDw】
図4 気孔からのショ糖吸収とリアルタイム計測
(3)今後の展望
本研究で開発した植物挿入型バイオセンサは、糖分の長距離輸送(葉→茎→根)や環境応答の評価、植物成長予測モデルの精度向上に貢献すると期待されます。また、センサを小型化・柔軟化することで、様々な植物種や器官(根・葉・種子)への適用が可能です。今後は、無線データ伝送機能の統合や長期使用への対応、野外フィールドへの展開に向けた改良を目指します。
(4)用語解説
※1 多酵素電極
インベルターゼ(ショ糖→グルコース)、ムタロターゼ(α→β変換)、グルコースオキシダーゼ(グルコースの酸化)を段階的に用い、電気信号として読み出す電極。
※2 安定同位体
放射線を放出せず自然界に安定して存在する、同じ元素で中性子数が異なる原子。
(5)論文情報
雑誌名:Biosensors and Bioelectronics
論文名:A Plant-Insertable Multi-Enzyme Biosensor for the Real-Time Monitoring of Stomatal Sucrose Uptake
執筆者名:Shiqi Wu1, Wakutaka Nakagawa1, Yuki Mori2, Saman Azhari1, Gábor Méhes1, Yuta Nishina3,4, Tomonori Kawano2, Takeo Miyake1* *責任著者
1 Graduate School of Information, Production and Systems, Waseda University, Kitakyushu 808- 0135, Japan
2 Faculty and Graduate School of Environmental Engineering, The University of Kitakyushu, Kitakyushu 808-0135, Japan
3 Research Institute for Interdisciplinary Science, Okayama University, Okayama, 700-8530, Japan
4 Institute for Aqua Regeneration, Shinshu University, 390-8621, Matsumoto, Japan
掲載日時(現地時間):2025年6月8日(日)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.bios.2025.117674
掲載URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0956566325005482?via%3Dihub
(6)研究助成
科学研究費補助金
科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 さきがけ
「電子・イオン制御型バイオイオントロニクス」(JPMJPR20B8)