さまざまな苦労に耐え、一時は引退まで考えていたというシン・ジウン。
念願のアジア大会初勝利を受け、その歩みが台湾でも注目を集めている。
台湾メディア『NOWnews』は9月24日(以下、韓国時間)、「かつて“露出狂”と批判され引退まで考えた!韓国の“ビーチバレーの女神”シン・ジウンが8年間耐え、アジア大会初勝利を挙げた」と題して、大きく取り上げた。
シン・ジウンは今回の2026年愛知・名古屋アジア大会に、キム・ジョンアとペアを組んで出場。2人は9月22日、愛知県碧南市の碧南緑地ビーチコートで行われた女子グループDの第2戦で、マレーシアのペアをセットカウント2-1(21-23、21-15、18-16)で破った。これにより、初戦でタイに敗れていた韓国は、グループリーグ1勝1敗とした。


シン・ジウンにとっては、特に意味のある勝利だった。『NOWnews』は、「一見すると、ただのグループリーグ1勝に見えるこの勝利の裏には、8年間耐え抜いてきた時間、アルバイトで遠征費を工面したこと、度重なるペアの交代、ネット上で“露出狂”と攻撃されたこと、さらには一時期、引退まで考えた過程があった」と紹介した。
シン・ジウンはビーチバレーを始めてからの8年間で、ペアが9回も変わる苦労を経験した。国際大会に1度出場するたび、航空券や宿泊費などを含めて600万~700万ウォン(約60万~70万円)が必要だったが、安定したスポンサーを見つけるのも容易ではなかった。そこで彼女は、スポーツインストラクターだけでなく、ハンバーガーショップやカフェなどでもアルバイトをし、大会への出場費用を自ら工面していたという。
練習環境も恵まれていなかった。『NOWnews』は、「韓国では、ビーチバレー専用の常設練習場を確保することすら当たり前ではなかった。シン・ジウンは以前、練習場所を見つけられず、漢江公園の公共の砂場にネットを設置して守備練習をしたこともあった」とした上で、「給与の保障もなく、体系的な支援も不足していた。ペアの解消も繰り返してきた」と伝えている。

そうした状況から、シン・ジウンは引退を決意したこともあった。3年前に行われた杭州アジア大会を4戦全敗で終え、苦しい時間を過ごした末、競技生活を続けるべきなのか、真剣に悩んだことを明かしていた。
心無い誹謗中傷も
さらに、悪質な誹謗中傷とも闘わなければならなかった。シン・ジウンは以前、韓国のバラエティ番組『何でも聞いて菩薩』に出演した際、ビーチバレーの試合用ウェアについて誤解があると述べていた。「面積が少ないウェアを着なければならないという規定はない。規定ではなく選択だ。それを着るのがカッコいいと思っているし、それがビーチバレーの伝統であり、魅力だと思っている」と説明していた。
しかし、その容姿が注目されるようになると、悪質なコメントが寄せられるようになった。シン・ジウンは「一部の人から“露出狂なの?”、“水商売の女みたい”などと言われる」と悩みを明かしていた。ウェアについては、砂が入りにくく、熱を逃がし、動きやすさを確保するために選手自身が選んでいるものだとしていた。
それでもシン・ジウンが諦めなかったことで、状況も少しずつ変化していった。SNSやテレビ番組への出演で徐々に人気を集め、注目も高まった。2024年には企業からのスポンサーもつき、海外大会への出場や練習を続ける環境も改善された。
そして再び韓国代表として臨んだ今回の大会で、アジア大会初勝利を挙げたシン・ジウン。『NOWnews』は、「何度もペアの交代を経験するという絶望に耐えたシン・ジウンは、ついに名古屋アジア大会の白い砂の上で全身を砂まみれにしながら、2-1の逆転勝利を手にした」と、その歩みを紹介した。
(記事提供=OSEN)
◇シン・ジウン プロフィール
2001年4月3日生。韓国高校女子バレーの名門・大邱女子高校でバレーボール選手として活動していたが、高校3年時の2019年にビーチバレーに転向し、同年に大邱で開催されたFIVBビーチバレーボールワールドツアーに出場。2023年の杭州アジア大会では韓国代表として出場し、予選敗退に終わったものの注目を集めた。2024年9~11月には韓国の動画配信サービスWavveで配信されたバラエティ番組『女王蜂ゲーム』に出演したこともある。



