韓国通信社『聯合ニュース』に、K-POPをめぐる興味深いインタビュー記事が掲載された。
それは、K-POPに対するさまざまな批判に対して、あらたな視点を与えるような内容だった。
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登場したのは、米サンディエゴ州立大学で舞踊理論を教えるオ・ジュヨン教授だ。
韓国で芸術中学・高校を経て梨花女子大学で現代舞踊を専攻したダンサー出身。2023年には米大学で初となるK-POPダンスの正規科目を担当し、K-POPダンスの理論書も出版した。最近では、K-POPダンス教育をテーマとした学術書を世界的な学術出版社ラウトレッジから刊行している。
今回のインタビューでは、K-POPに向けられてきた「過酷なトレーニング」「欧米文化の模倣」といった批判が取り上げられた。
オ教授自身の主張はかなり明確で、欧米側の見方を厳しく批判している。ただ、その主張をそのまま受け入れるのではなく、そこからK-POPへの批判をどう整理すべきかを考えてみたい。
厳しいトレーニング、「非人間的」なのか
まず『聯合ニュース』が取り上げたのが、K-POPの厳しい育成システムに対する批判だ。
練習生はデビュー前から歌やダンスを長期間学び、デビュー後も高い完成度を求められる。こうした仕組みは、ときに「過酷すぎる」と問題視されてきた。
日本でも2023年5月、元公園少女(GWSN)のミヤが『朝日新聞』のインタビューに応じ、練習生時代について「練習に行く度にマネージャーの前で体重を測った。バナナとゆで卵を食べる、リンゴ1個だけ食べるなどの食事も報告しなければならなかった。おかしくなりそうだった」と明かし、注目された。

こうした事例まで含めてK-POPの育成システム全体をどう評価するかは、簡単な話ではない。これについてオ教授は、こう語っている。
「欧米の一部では、激しいK-POPのトレーニングを非人間的だと批判することもあります。しかし、バレエも厳しい訓練をしなければ、世界の舞台に立つことはできません」
さらに、K-POPのトレーニングシステムについて「必要不可欠な技術訓練として見るべきだ」と強調している。
ここで分けて考える必要があるのは、高い水準を目指すための「厳しい訓練」と、生活や健康まで過度に管理する「行き過ぎた統制」は同じではないという点だ。
バレエでも体操でも、トップレベルに達するためには膨大な反復練習が必要になる。それにもかかわらず、K-POPでは「徹底的に訓練されている」という事実そのものが、育成システムへの否定的な評価につながることがある。
もちろん、だからといって過度な管理や休息不足まで正当化されるわけではない。
問うべきなのは「訓練することが悪いのか」ではなく、その内容が適切で、アーティストが守られているのかということではないだろうか。
JUNG KOOKはMJの“コピー”なのか
インタビューでは、K-POPに向けられる「模倣」や「独創性の乏しさ」という批判にも話が及んでいる。
ここで難しいのは、そうした見方をすべて「欧米側の偏見」と片づけることもできない点だ。
韓国の大衆音楽では過去、海外作品との類似性や模倣をめぐる議論が繰り返されてきた。そうした積み重ねが、「韓国発のコンテンツは何かを真似しているのではないか」という先入観につながり、現在のK-POPを見る目にも少なからず影響している面はあるだろう。
ただ、その延長線上で、海外の音楽やダンスから影響を受けた表現をすべて「コピー」と呼んでしまっていいのか。
オ教授が具体例として挙げたのが、BTSのJUNG KOOKによる『Standing Next to You』だ。同曲のパフォーマンスには、マイケル・ジャクソンを想起させる動きが登場する。

これについてオ教授は、「誰もがマイケル・ジャクソンを真似することはできますが、誰もがJUNG KOOKのように踊れるわけではありません」と述べた。
さらに、「K-POPダンスに限らず、舞踊は先輩や先生を真似しなければ学ぶことができません。ただ真似するだけならコピーですが、K-POPアーティストが見せているものは、その段階を超えた“体得”です」と強調した。
ここでオ教授が線を引いているのは、「似ているか、似ていないか」ではない。誰かの表現をそのままなぞって終わるのか、それともそこから技術や様式を学び、自分の身体に落とし込み、別の表現として成立させるのかという違いだ。
K-POPが欧米のヒップホップやR&B、ダンスなどから大きな影響を受けながら発展してきたこと自体は否定できない。だが、影響を受けていることと、作品そのものが模倣であることは同じではない。
現在のK-POPは、さまざまな国の作曲家、プロデューサー、振付師、ダンサーらが参加し、異なる文化や表現を組み合わせながら新しいものを作る産業でもある。
過去に「模倣」を疑われてきた歴史があるからこそ、K-POPを見る側が慎重になるのは理解できる。ただ、その過去を理由に、現在のあらゆる引用や影響まで「またコピーだ」と決めつけるのもまた乱暴だろう。
JUNG KOOKの例が示しているのは、まさにその境界だ。真似るところから始まっても、どこまで自分の表現に変えられるか。K-POPの独創性を考えるなら、何を参考にしたかだけではなく、その先で何を生み出したのかまで見る必要があるということだろう。
“作ることを磨いた”のがK-POP
そもそもK-POPが「作られたアイドル」と評されやすい背景には、事務所主導の育成システムがある。
歌唱、ダンス、表情、フォーメーション、カメラへの対応まで、デビュー前から細かく訓練される。その完成度の高さが、逆に「人工的」「個性がない」という批判につながることもある。

しかしオ教授は、むしろその訓練システムこそK-POPの競争力だと見る。
「マイケル・ジャクソンやマドンナのような一部を除けば、多くのポップスターはバックダンサーが踊り、歌手は多少動きながら歌に集中します。ところがK-POPアイドルはダンスと歌を一度にこなしながら、その水準も専門ダンサーにまったく引けを取りません」
そして、「これはK-POP事務所が優れたトレーニングシステムを備えているからこそ可能でした。ダンスはオリンピック競技のようなもので、幼いころから厳しい訓練を経なければ高い水準には到達できません」と説明している。
ここで見方を少し変えると、「作られている」という言葉の意味も変わってくる。
たしかに現在のK-POPは、事務所主導の育成や専門家による共同制作と切り離して考えることはできない。事務所が長い時間をかけて人材を育て、複数の専門家が一つのステージを作り上げる。
だが、それは必ずしも弱点ではない。むしろK-POPは、歌って踊るという高度なパフォーマンスを、再現可能な仕組みとして磨き上げてきたジャンルともいえる。
ここまで見てくると、今回のインタビューが考えさせられる理由も見えてくる。
オ教授自身は、K-POPに向けられる欧米の批判について「先入観」があるとし、評価には二重基準も存在するとかなり踏み込んで指摘している。ただ、今回のインタビューから浮かび上がるのは、欧米側に偏見があるかどうかという話だけではない。
過度な体重管理や生活への干渉は「厳しい訓練」とは別の問題だ。また、過去に模倣を疑われてきた歴史があるからといって、現在のあらゆる引用や影響までコピーと呼ぶこともできない。事務所主導で育成されているからといって、その完成度まで「人工的」と切り捨てるのも違うだろう。
何が行き過ぎで、何が技術で、何が模倣で、何が再創造なのか。
今回のインタビューが考えさせられるのは、K-POPへの批判に反論したこと以上に、これまで一緒くたに語られてきたものを、もう一度分けて考えるきっかけを与えているからなのかもしれない。
■事務所のせいで不法滞在扱いにも…元日本人メンバーが語ったK-POPの闇



