★ Slash Gamesは、2007年6月1日より「インサイド」になりました
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★ Slash Gamesは、2007年6月1日より「インサイド」になりました
Shoot it! - #19 Eスポーツは世界を救う!
2月21日
WCGの選手村で開催されたお別れパーティ。Eスポーツがきっかけで世界の選手と握手できる
僕が「任天堂ってすごいなあ」と思う理由のひとつは「脳を鍛える大人のDSトレーニング」というゲームソフトを大ヒットさせたこと。社会現象にもなった本作は、それまで蔓延していた「ゲームばかりやっているとバカになる」という迷信を払拭した。いや、払拭は言い過ぎか。「ゲームは悪者」という世論を「ゲームには良いものと悪いものがある」という認識にまで押し戻した。ゲームに対する批判的な言論に対して、言論によって反駁するという方法もあるけれど、任天堂はゲームの良さをゲームソフトそのもので強力にアピールし、あっという間に社会に浸透させた。これは正攻法であり、実に正しい方法だ。
相変わらずゲームに対する批判は根強い。だけとそれらの大半は屁理屈のようなもので、いちいち反論するなんて無駄な労力にも思える。ならば、そのパワーをゲームの良さをアピールする方向で使っていきたい。ゲームがいかに素晴らしいものか、Eスポーツには、それを語るにふさわしいエピソードがたくさんある。スタープレイヤーとなったプロゲーマーのサクセスストーリーを筆頭に、誰にでも享受できる体験もある。
2001年にソウルで開催されたWCG(World Cyber Games)を取材したときのことだ。あの時、日本代表選手は「エイジ・オブ・エンパイア2 覇者たちの光陰」で3人、「ハーフライフ・カウンターストライク」で1チーム5人、「クェイク3アリーナ」で3人、「アンリアルトーナメント」で3人、合計15人の選手団が主催者から招待されていた。残念ながら結果は思わしくなく、決勝に進めた選手はいなかったけれど、僕はその選手たちに解説してもらって観戦を楽しんだ。会場を歩いていると、日本人選手たちが韓国の選手と楽しそうに話している。WCGはオリンピックのように各国代表が選手村で生活するから、早くも仲良くなったようだ。しかし、話を聞いてみたら違った。彼らはWCG以前から交流していた。しかも、お互いの国、お互いの家に遊びに行き、泊まって遊んでいる仲だという。
これには少々驚いた。それと同時に感心した。なぜなら、当時の日本と韓国の交流は、隣国といえども活発ではなかったからだ。まだ日本でヨン様ブームは無かったし、BOAさんもユンソナさんも来日していなかった。日本の新聞は韓国の反日集会を大きく取り上げていたし、日本の論壇も反日感情に対する反感に満ちていたような気がする。日本の社会はどちらかというと欧米ばかり見ており、ようやくNEEDSに注目し始めた頃だった。
芸能方面では韓国との交流が深かった。韓国人の演歌歌手が日本で活躍したことがある。そして韓国映画の「シュリ」や「JSA」が欧米で高く評価され、日本でも注目が集まった。私は「シュリ」を見て韓国に興味を持ち、その夏にパイク仲間と旅行社のツアーに参加し、ソウルと板門店を巡った。自分たちがいかに隣の国を知らなかったかと大いに反省した。現地ガイドさんの話から、両国の歴史認識の差を思い知ると同時に、両国の大人たちは反感を残しているとしても、僕らや次の世代では良い関係が築けることを願った。それがいつになるだろう……と思っていたら、なんと、日韓のゲーマーたちはとっくに仲良く遊んでいたのである。ゲームがきっかけとなって海外交流が始まっていた。
日本と韓国のゲーマーたちがオンラインゲームで一緒に遊んでいる。これは考えてみれば当たり前のことだった。タイムゾーンが同じだから、学校から帰り、パソコンに向かう時間が同じ。日本ではまだオンライン対戦が広まっていなかったので、自然に韓国や台湾のサーバで共に遊ぶことになる。もちろん、いつも和気藹々というわけではなかっただろう。言葉は違うし考え方も異なる。喧嘩も多いに違いない。しかし、合間見えることが多ければ、それだけ親しい仲になる機会も多いわけだ。偏屈な大人たちが反目しあっている間に、次の世代の少年たちはゲームの対戦で仲良くなり、お互いの国を訪問しあう。そんな付き合いが自然に始まっていた。私はこの事実を知って感動した。
WCGではこんなエピソードもあった。台湾の選手が「エイジ・オブ・エンパイア2 覇者たちの光陰」の決勝戦で韓国選手に勝って金メダルを決める。「韓国ではエイジ・オブ・エンパイア2 覇者たちの光陰」のようなリアルタイムストラテジーゲームの人気が高く、なかでも「スタークラフト」は韓国の国技とも言える対戦ゲームである。だから韓国では「エイジ・オブ・エンパイア2 覇者たちの光陰」の人気も高い。そんな、WCGでは韓国が勝って当たり前、というタイトルで台湾代表が優勝する。これは台湾選手にとって大金星だ。バス2台分ほどの応援団がステージに集まり、台湾の旗を掲げて選手を称えた。しかしこれがまずかった。
日本や韓国などほとんどの国では、外交上台湾を国と認めていないのだ。ここが国際問題の難しいところで、多くの国が中国といえば大陸側の国を指すことになっている。台湾の独立性を認知しつつも、そこは国ではないという解釈である。だから台湾代表選手は国名ではなく「チャイニーズ・タイペイ」と呼ばれた。台北市の代表、という意味だ。台湾問題は現在も解決が望まれつつ進展しない問題で、それが外交のみならず、Eスポーツにも影を落としている。
WCG2002で優勝したHALENこと中村選手。彼は世界の人気者だ
WCGの主催者はWebサイトで“台湾旗については遺憾だ”と発表した。台湾選手団に対する注意も行われたかも知れない。ライバルの選手たちは、なぜ自分たちは勝利して自国の旗を掲げられるのに、台湾の仲間たちはそれができないのかと思ったことだろう。何人かはこの事件をきっかけに台湾問題を知ることになったかもしれない。こんなふうに、対戦がきっかけでライバルに巡り会い、ライバルの国について理解を深めることもある。
2002年のWCGでは日本代表の中村選手(HALEN)が「エイジ・オブ・エンパイア2 覇者たちの光陰」優勝した。彼はオンライン対戦で世界中のプレーヤーが認めるほどの実力を持っていた。特に活躍した大会はカザフスタンの篤志家が開催していた賞金付き大会だったそうだ。これもカザフスタンという国との意外な交流である。そしてHALENは、WCGの会場内で世界中の選手たちから握手を求められていた。もちろん言葉は通じない。しかし彼は世界中のプレーヤーから尊敬されている。海外の選手の中には“HELENがきっかけで日本を知った”という人も少なくなかった。
SIGUMAこと寺部選手はイギリスに在住して世界各地のEスポーツ大会を転戦した。NOPPOこと谷口選手は昨年のWCGに日本代表として参加した後、プロゲーマーをめざし、Eスポーツ先進国のスウェーデンに渡った。このほか、短期滞在の世界大会出場選手を含めると日本のEスポーツ国際人は意外にも多いのだ。
ゲームを通じた国際交流は、有名なEスポーツ選手ばかりだけではなく、誰でも始められる。対戦サーバー上で外国からアクセスする仲間を見つけたら、すでに国際交流は始まっていると考えてよい。相手を歓迎し、尊敬し、互いに技術を高めていく。その積み重ねが大切だ。時には外交的にデリケートな問題に直面することもあるかもしれない。しかし、お互いにゲーム仲間だという根っこの結びつきがあれば乗り越えられると思う。
こんなエピソードを聞いた。韓国の仲間から、ある日突然「来週から遊べなくなる」と告げられた。学校の定期テストか、あるいは嫌われたかと問うと、実は兵役に行くのだといわれたそうだ。韓国には徴兵制度がある。それはなぜか、そんな些細な疑問から、韓国について詳しく知りたいと思い、日韓に横たわる諸問題に関心を持つ。しかし、そこには反韓の感情は無い。なぜなら、遊び仲間が住む国だからだ。これが学校で教わる国際関係論とゲームで体験する海外交流の違いだ。どちらも有意義だけれど、知識を身につけるだけではなく、対話を実践していくことが重要だ。そのためにゲームは有効なツールだし、これからもたくさんの日本人がEスポーツをきっかけに世界へ視野を広げていくだろう。
現在、多くのスポーツが世界の競技団体と連携し、世界大会の参加や交流試合などを続けている。これとまったく同じように、Eスポーツも日本と世界の国々が握手する手段のひとつになっている。しかもEスポーツの草の根交流はインターネットを使ったオンライン対戦で可能だ。日本代表などの限られた人だけではなく、誰でも世界の選手と試合ができる。Eスポーツで世界の平和を進めていく。それはけして大げさなことではない。
(杉山淳一@RBB)
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