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第2回:チャットは人の「ダークサイド」を増幅させる?
2004年10月19日
先日、今年6月に長崎県佐世保市で起こった女児殺害事件に関する少年審判が開かれ、加害女児に対する処分や殺害動機などが明らかにされた。この事件は「チャットでのいさかいが引き金になった」などとマスコミが報道したため、我々のような業界側の人間にも少なからず衝撃を与えた。そこで今回は問題提起の意味をこめ、あえてチャットの「ダークサイド」について考えてみることにしよう。
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人間関係をリセットできる手軽さが粗雑なコミュニケーションを生む
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最初にお断りしておきたいのは、これから書くことがらは佐世保の事件とはまったく無関係であるということだ。ここでは「佐世保の事件がなぜ起こったか?」について論じるつもりはないし、そもそも断片的なマスコミ報道だけをもとに正確な分析などできるはずもない。今回のテーマは(事件を離れて)あくまで一般論として、あえてチャットの持つネガティブな面について考えてみようということだ。
まずチャットの世界では、自分のハンドル(ID)を削除し新しいハンドルを作れば、いくらでも人間関係をリセットできる。リアルの世界みたいにいったん壊れかけた人間関係を修復し、なんとか相手といい関係でいよう、そのためにはふだんから「相手の気持ちを思いやろう」なんていう「めんどくさい努力」をしなくてすむ。友好関係がダメになったら、新しいハンドルを作ってまったく別の人間に生まれ変わればいいだけだ。つまりカンタンに人生をやり直せるのである。
実際、私のネット上の友人たちのなかにも、こういう人はたくさんいる。今までに何度もハンドルを作り変えては、そのたんびに「友だちリスト」に登録してある友人たちをバッサリ捨ててしまう。で、またゼロから新しく友だちを作るのだ。
これなら友人とのトラブルにいつまでもくよくよ悩む必要はないし、苦手な人、気に食わない人と無理してつきあわなくてすむ。これはチャットの大きなメリットのひとつだろう。だがその反面、深層意識の中で「この人たちはいつでも切り捨てられる存在だ」なんていう逃げ場をもちながら人と接していると、どうしてもコミュニケーションが粗雑になる可能性が出てくる。
言葉の端々がぞんざいになったり、ひとこと「ごめんね」と言えばすむ場面でも相手を無視してやりすごしたり。そんなコミュニケーション不全な状態があらぬ誤解を生み、人に対する猜疑心がふくらむ。「この人は私を嫌っているんじゃないか?」「このチャット部屋の住人はみんな私の敵なんじゃないか?」。こうなるとひたすらネガティブな方向にしか思考が働かなくなってしまう。
そしてひとたびだれかとトラブると、リアルの世界では考えられないような攻撃的な口調で人を責める。あるいは攻撃された側は、同じく現実世界ではありえないような激しい「キレかた」をする。「こんなエネルギーがいったいどこから出てくるんだろう?」と思うほど、執拗に相手へのいやがらせを続ける人もいる。チャットではこんなことは日常茶飯事だ。
つまりチャットが人間のダークサイドを引き出し、それを増幅させる点火装置になっているんじゃないか? としか思えない場面にしょっちゅう遭遇するのである。
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