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杉山淳一:才民 竹田恒昭が語るEスポーツ 〜日本代表プロゲーミングチーム、4dN!psyminを支える男〜
2006年1月20日
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才民の竹田恒昭氏
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■4dN!psymin、CPL冬大会24位
2005年12月14日から18日まで開催された2005年CPL冬期大会を、日本代表の4dN!psyminは24位で終了した。日本では圧倒的な強さを見せる4dN!psyminは、世界のレベルで見ると、頂上に手が届きそうな崖の下、といった位置だろうか。日本予選で優勝し、本戦でuNiteduNdergroudを16-3で破り圧勝。ここまでは順調な登り坂だった。しかし2回戦のg3x.intelには2-16の大敗。ダブルイルミネーションの敗者側に回った4dN!psyminは、PhrenetiKに16-4で勝ち、続いてslakktに16-7で勝った。しかし、次のUnited 5との試合には11-16で負けてしまった。
結局、冬のCPLにおける4dN!psyminのチャレンジは、24位で終了した。その1つ前のCPL夏大会ではベスト12になり、次回はベスト10入り、いやベスト5も!と期待されたけれど、ちょっと後退した格好だ。もっとも、「日本代表でも一勝できるかどうか」という時代を知るものにとって、この成績は感慨深い。これまで寄せ付けてさえもらえなかった山に、いまは頂上のそばまで登っていくチームがある。
FPSゲーム人口が少ない日本が、海外の舞台で中堅の実力だと認められる。その評価は4dN!psyminが努力の末に築き上げたものだ。2005年の4dN!psyminの活躍を振り返り、彼らが日本のEスポーツファンをワクワクさせてくれことに、心から感謝したい。
■4dNを支えるPSYMINとは?
さて、4dNといえば、世界を目指すチームとして発足し、合宿練習を重ねてLANにおけるチームワークを研究したチームだった。それだけでも画期的なことだったが、2005年初めには「PSYMIN」というスポンサーを獲得してプロチーム化。海外への遠征を積極的に行って実力を磨いた。その活躍ぶりが認められて、9月にはゲーマー用マウスメーカーのRAZER社とのスポンサー契約が決まった。4dNの躍進を支えたのが、株式会社才民=PSYMINなのだ(以下PSYMINと記述)。
しかし、PSYMINという企業について私たちは何も知らず、4dNのメンバーも多くを語らなかった。公式サイトの情報もイベント告知など必要最低限に留まっている。その結果、日本のEスポーツ界においてもっとも貢献している企業の1つであるにもかかわらず、私たちはPSYMINを知らない。いや、PSYMINとは何か、について明らかにする役目は、自称Eスポーツライターの私の役目だったわけで、なかなか機会を見つけられないことを申し訳なく思っていた。
実は、昨年夏のLANパーティイベント『BIGLAN socket 1』において、“PSYMINとは何か”という声に応える形で、PSYMINGaming部門を統括するNao-K氏から簡単なプレゼンテーションがあった。そこでは、PSYMINの社長である竹田恒昭氏もFPSプレイヤーであること、4dNのメンバーと親交があったこと、PSYMINは何人ものアーティストと連携し、音楽やファッションの世界で評価されていること、何千人もの観客を動員するトランス系ライブを主催していることなどが明かされた。それはITやゲーム方面ばかり追っている私にとって未知の世界だった。PSYMINとは、日本のEスポーツに新しい風を吹き込ませてくれる存在なのだ、と思った。
PSYMINとは何か。それはやはり、創業者の竹田氏自身の言葉で知りたい。Eスポーツ、音楽、ファッションの分野で奔走し、日本に滞在する期間のほうが短いと思われる竹田氏に、ようやくインタビューのお願いを叶えていただいたときには、4dN!psyminの結成から1年も経っていた…。
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4dN!psyminのメンバー
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