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「今妻」でドッペルゲンガーに会った人たち
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では「今妻」の場合はどうだったか? 質問者の書き込みは前回も分析したのでくり返さないが、投稿はかなり具体的だ。最初からハッキリ自分を出している。
だから回答者たちは警戒心を解き、連帯感も生まれた。彼らは共振し、感情移入していく。で、質問者の開示に呼応して、回答者たちも次々に過去の体験や深い思いを自己開示したわけだ。
象徴的な例をあげよう。一貫して彼の立場にとりわけ共鳴していた回答者がいる。夫がホテルに踏み込んだ結果、離婚に傾いた局面では、直後の56番の回答で『違うよ!こんなの違う!』『もう一回行って来い!!』。『どうして鎧着て行ったの?』(鎧。この物語最大の重要なキーワードだ。シリーズの3回目で解説する)。
まるで自分のことのように彼を理解できている。熱い思いが伝わる長文レスをくり返していた人だ。
この回答者の強い思い入れはどこからくるのか? 私は興味を惹かれて注視していたが、ずっと不明なままだった。だが出来事が収束した最後の最後、ついに判明する。104番の回答でこの人もかなり遅めの自己開示をするのだ。
事態はすでに終結した後だ。事実、111番でスレッドは閉じられている。「ここで言わなければ言えないままになる」。そんな思いがあったのかもしれない。引用しよう。
『実は私も同じ様な体験がありまして・・。
不倫・・ってそんなに簡単に許される事ではないんだと例え相手が許し許されても神様は見てる、その事に対する罰はあるんだと痛感しています』
重い自分を引きずっていた。彼の姿にずっと自分を重ねていた。そう、この物語の中での彼は、ドッペルゲンガー(Doppelgänger)なのである。
ドッペルゲンガーとはドイツ語で「分身」の意味だ。自分とまったく同じ姿形をした「もうひとりの自分」に会ってしまう現象、または目の前に現れたもうひとりの自分のことを指す。
目撃例は数多い。有名どころではゲーテやモーパッサン、芥川龍之介、アメリカ合衆国第16代大統領アブラハム・リンカーンも会ったという記録が残っている。
作家もこぞってテーマにしており、ウィリアムとウィルソンの2人を描いたエドガー・アラン・ポー「ウィリアム・ウィルソン」(1839年)や、ドストエフスキーも主人公の職場にドッペルゲンガーが現れる「二重人格」を書いている。
また精神医学の世界でも昔から取り上げられている。古くは藤縄昭「自己像幻視とドッペルゲンガー」(臨床精神医学76年12月号)に特徴が描かれており、スイス・チューリッヒ大学のピーター・ブルッガー博士は今でもドッペルゲンガーを研究している。
ドッペルゲンガー現象の危ないところは、人間の精神を混乱に陥れる点だ。「もう1人の自分」のほうが本当の自分ではないか、などとパニック状態になってしまうのである。
実のところ、私も同じなのだ。前回の原稿を書いているときからずっと、「自分はネットワークの向こう側にいるドッペルゲンガーに語りかけているのではないか?」という思いが消えない。ただし私の場合は、回答者や観衆の人たちとはまったくちがう意味でのドッペルゲンガー、なのだが。
さて後編では「今妻」をテキストに、インターネットを使ったコミュニケーションの特性についてもふれる。
また心理療法全般と、特にロジャーズの「来談者(クライエント)中心療法」(client-centered therapy)、グループ・カウンセリングのひとつである「グループ・エンカウンター」(group encounter)の例をあげながら、「チャットや掲示板を使ったコミュニケーションは一種のセラピーとして機能する」という仮説を検証する。
またカウンセラーが使う手法には、ネット上のコミュニケーションをスムーズにするための知恵やヒントがたくさんある。それらもまとめて紹介しよう。
(松岡美樹)
■著者紹介
松岡美樹(まつおか みき) ライター
1960年生まれ。中央大学卒。新聞、出版社勤務をへてフリーランスのライターとして独立。以後、『日経トレンディ』(日経ホーム出版)、『Begin』(世界文化社)、『POPEYE』(マガジンハウス)新装刊などの雑誌立ち上げにかかわる。興味の対象はネットワーク関連や無線LANなどのほか、社会現象や世の中のトレンドを斜めから見ておもしろがっている。
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