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ブログは必ずしも書き手を育てない
2006年12月5日
前回(*1)に引き続き、ブログというものが、CGMのコンテンツたり得るブログの書き手を育てるかどうかについて考えていきたい。例として使っているアイドルファンのブログと対比させる意味で、その昔アイドルについてのミニコミ誌を作っていて、その後、芸能関係の記事を中心とした編集者になって現在に至る友人の意見を紹介しつつ、話を進める。
アイドルミニコミを作っていた人たちの原動力は「この子の良さをみんなに伝えたい」だった、と彼は言う。当時、商業誌に掲載されるのは、すでにブレークした人たちがほとんどで、これから伸びようとしている人たちは載りにくかった。だから、そういう「これから」の世代をプッシュしたかったのだ、と。
しかし、ミニコミ誌というものが、小なりとは言え対価を得て読者に提供されるものだったことで、マスコミ人になるための登竜門のような場所でもあり得たのだという。アイドルミニコミ作りを通じて、限られた紙面に記事をまとめることを覚え、ものを作る(本が出来上がる)ことの感動を知り、それを売ることの大変さを経験する中で、売れるモノ、読者が望むものとはどういうものなのかを真剣に考え、自分たち作り手側の理想と、読者の理想の共通項を探したのだという。それは「仕事」のトライアルステージだったのだと。
ここからは彼の意見を踏まえつつ私の意見として述べておく。今のアイドルファンにはブログという場があるが、対象がどんなにマイナーでも自分の好きな子のことを書けるし、量的な制約もない。読者がその記事に対価を払ってくれるかどうかを気にしなくて良いので、読者の価値観を顧慮することなく、自分の言いたいことを好き放題に垂れ流せる。だが、受け手を意識しないブログをいくら書いても、それは書き手の技量を伸ばさないのだ。
ブログを書く経験を通じて読者の存在に気付く人も、中にはいるだろう。だが、ブログはむしろ、それを気付かせにくい場なのだ。
*1 「アイドルファンのブログに思う」(2006年12月1日掲載)
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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