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ネット倫理の教育は次世代の人間教育
2006年10月3日
前回(*1)に続いて、チェーンメールやチェーン日記とネット倫理の問題について述べる。
本音を言えば私は、倫理とか道徳とかいう言葉を振り回すのは嫌いだ。倫理や道徳は大事なものだが、個々人が心の中に持っていれば良いのであって、そういうことを声高に言いたがる人は胡散臭いと思っているからだ。だが、ネット上の言動において、その良し悪し、ないし適不適を判断する根本的な基準としての倫理体系が、そろそろ必要になって来たのではないか、という気がしてならない。
というのも、昨今、ネット上の言動によって引き起こされるさまざまなトラブルは、実のところ、それに関わっている人たちに悪意がないことが少なくないからだ(*2)。特に、困っている人がいます、多くの人の助けが必要です、このことを多くの人に知らせてください、といったチェーン日記やチェーンメールは、関与している誰もが善意だったりする。
あるいは「テレビ番組での実験です、良かったら参加してください」といった類のものだと、個々人はおもしろいと感じて自主的に参加しているわけで、ネット送受信に要する費用を自己負担して遊んでいるのに何が悪いのか、と感じる人も少なくないのだという。
こうした「素朴で悪意のない」考え方を、公共の立場から見て良からぬもの、排除されるべきものであると断ずるからには、相応の説得力が必要だ。その説得力を生み出すためには、それがどうして害悪をもたらすのかというメカニズムを、しっかり説く必要がある。
そうしたメカニズムを説くということは、つまり、ネット時代の世の中が、そこにおける人と人との繋がり方がどのようなものであるかということを語るということだ。したがって、それを教育することは即ち、現代における「他者との関係性」を教えることでもある。そうして私たちは、ネット倫理を教えるとは、次世代に向けた人間教育そのものでなければならないという結論に到達するのだ。
*1 「教えなければチェーン日記は滅びない」2006年9月29日
*2 小笠原陽介「善意が落とし穴になる時」ソフトバンク パブリッシング刊“JAVA Developer”2003年10月号掲載
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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