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他人の失言に群がるハイエナの醜さ
2006年8月24日
正直に言えば、これを書くと私が攻撃にさらされるのではないか、と怯えているのだが、こんなコラムを書いている身として、逃げ続けるわけにもいかないので書くことにした。最近気になっていることのもう1つが、何かしら失言をし、あるいは失態を演じたブログなどに殺到し、社会正義を気取って立て続けに攻撃的な言葉を書いていく人たちの存在だ。
確かに、そもそもネット上の言動で何か失敗をしたのは、ブログの書き手の方であったかも知れない。そしてもちろん、事の重大性によっては、看過できない、傍観者でいられないという心境になり、抗議のコメントを残したくなることもあるだろう。だが、書き手にも、また書かれた事実とも本来何の関係もない人が、ネット上の他の場所に転載された情報を頼りにわざわざやって来て、後から後から攻撃に参加する図は、はっきり言って非常に気持ち悪い。そういう人たちは単に「あたかも正当に行われるイジメ(ないしリンチ)」に参加する理由が欲しいだけではないのか。
さらには、書き手の過去の言動を洗い出し、そこから書き手の身元を暴き、書き手の所属する集団にメールや電話で告発や質問を繰り返す、といった行為も珍しくないようだ。相手が結果的にどんな社会的損失を被ろうと、ネットを介して安全な場所から叩いている人間にとっては知ったことではないのだろう。だがそうした行為は、社会的制裁を加えるふりをしながら、人をいたぶって遊んでいるだけだ。それ以前に、社会的制裁を加える役割は、そもそもあなたが担うべきことなのか。
ネット上で失言や失敗をした人を容赦なく叩く、というのは、そろそろやめにしないか。もちろん不謹慎な発言や、事の軽重はともかく違法行為を匂わせる発言などを野放しにして良いとは思わない。だが、他人の失言を嗅ぎつけてハイエナのように群がる人々は、それを責められるほど立派な人格者なのか。他人に石を投げる前に己が身を省みてはどうか。
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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