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鉛筆書きで信用を高めるよりも
2006年7月18日
前2回に続いてブログについての話を進める。特に前々回の内容について友人たちからツッコミを受けたのは「これって別にブログだけのことじゃないよね」という点だった。
そもそもWebで発信されている情報というものが、見かけ上は活字のようでありながら、実は鉛筆書きに等しい書き換え可能性を持っているということは、実は今さら言うまでもないほど当たり前のことでしかなく、私自身、過去に別の記事で述べたことがある(*1)。
もし「Webとはそういうもの」という認識が確実に共有されているならば、それはそれで問題がない。加えて言えば「そういうものである以上は、重大な社会的機能を担わせるべきでもない」という認識も共有され、現実もそのようであるならば、と言うべきだろう。
だが、実際はどうだろうか。Webとはそういうもの、という認識が、ネット利用に習熟していない人たちにまで、十分に浸透しているだろうか。そしてまた、現在のWebが担っている社会的機能の重さはどの程度だろうか。
大手新聞社、大手ポータルなどの法人が運営しているニュースサイトなどについては、それら企業への信用によって、かなりの部分を補填できる。だが、私が危惧しているのは、昨今では個人によるブログも、大きな発言力を持つ場合があるということだ。これまでは、ブログがそのようなものであることを承知の上で、書き手個人に対する信頼によって埋め合わせて来た。そしてまた書き手の側でも、意図的に修正の跡を残したり、修正した日時を手作業で記入するなどの工夫をして、信用の醸成に腐心して来た人は多いことだろう。
しかし、昨今は有名無名を問わず、多くの人がブログで情報発信をする。言論の世界の側にいる人でさえ、ブログの使い方に未習熟なまま、失言の類を黙って消してしまうことがある。もはや「書き手に対する信頼」だけで賄える事柄ではなく、システム的な裏づけが必要になって来ているのではないだろうか。
*1 小笠原陽介「紙での常識、Webでの非常識」ソフトバンク パブリッシング刊“JAVA Developer”2004年5月号「可成庵邪話」第ニ十ニ話
http://www.tsp.ne.jp/~oga/j040500a.html
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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