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ブログは鉛筆で書かれている
2006年7月12日
今さら言うことでもないだろう、と叱られそうだが、私は多くのブログで、一度書いたエントリが後から書き換えられる、ということを、かなりキモチワルイと感じ続けている。
私がネット以前の、活字メディアの感覚で育った人間だからなのか、はたまた大昔のパソコン通信時代に、一度書き込んだものは修正できなかったり、場合によっては自分では削除さえできなかったりすることに慣れてしまったからなのか、どちらかは分からない。ただいずれにしても、文字というものが発明されて以来、手書きから活字文化に至るまで、文字にされたものがそれなりの「重さ」を持ち得ていたのは、それが容易には書き換えられない、という前提が共有されていたからだ。
子どもの頃には愛用する鉛筆を、大人になってあまり使わなくなるのは、他人とのやり取りにおいて、文字を書き換えられないことを互いに保証する必要が増えて来るからだ。逆に、大人でも鉛筆やシャープペンシルを使う場面というのは、自分用のメモや、何らかの下書きなど、それ自体を他人とやり取りせず、自分自身で書き換えて良いもの、または消したり書いたりを繰り返す前提のものだ。
そういう視点で考えた時、ブログというのは、確かに「自分自身で書き換えて良い」ものではあるかも知れない。だが、どんなに私的な内容を書き綴っていたとしても、それがWebで公開されている限りにおいて、それは他人に向けた情報発信でもある。つまるところ、エントリの内容を後から書き換えられるブログに感じる違和感とは、公的な書類が鉛筆で記入されているような感覚なのである。
ブログとはそうしたものだ、と言ってしまえばそれまでだ。電子的な情報はいろいろと細工のしようがあるし、タイムスタンプなど気休め程度にしかならないことも知っている。だが、そのことが実は、私たちが「文字」に寄せて来た信頼を根底から変えつつあるということを、もう少し自覚しておきたいと思う。
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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