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亡き人の面影と再び別れる時
2006年7月4日
このところ、このコラムもずいぶんお休みが多くなってしまっていた。私自身、先々月あたりからたびたび調子が悪くなっていたのも事実なのだが、先月はさらに気の重い事情があった。ここ半年ばかり、同じ場所に遊びに行っては、週に何回も顔を合わせていた友人が、先月半ばに倒れて入院していたのだ。
その日もいつもの場所で友人3人が顔を合わせ、じゃあ場所を移して食事でも、という話になったのだが、その彼だけはちょっとめまいがするからと、同行しなかった。私ともう1人で食事をして、元の場所に戻って来ると、彼の荷物だけがあって姿がない。どうしたのかと思っていたら、もう1人の友人が、同じフロア内で倒れているところを発見した。
その時は彼の意識もあり、素人目にはそれほど重大な事態だと思えなかったため、私が担ぎ出して友人の車で病院に運ぼうか、などとのんきなことを言っていたのだが、さすがに無理だろうということで救急車を呼び、もう1人の友人が付き添って行った。その後、病院での検査の結果、脳出血だったことが分かり、深夜から緊急手術が行われたという。
数日後には一般病室に移り、見舞いに行った私たちの呼びかけにも返事が出来ていたので、私たちもすっかり油断していた。だがその翌日に再度の、そして大規模な脳出血が起きてしまい、以後は意識が戻ることなく、7月1日に、32歳の若さで亡くなってしまった。
実は彼が元気だった時に、ネットテレビの取材に応じてコメントしていた番組を、今もブロードバンドで見ることができる。ただ、こうなって改めて気がついたのだが、私はその彼の姿をとどめておけない。通常のテレビなら録画して保存もできるが、ネットテレビでは、正規の方法では録画できないからだ。
いつかその番組が公開対象でなくなり、ユーザーが視聴できなくなる時、私は彼の生前の姿に、もう一度別れを告げなければならないのだろう。それがまた二重に切なく思える。
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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