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データを手元に置くということ
2005年3月18日
昨年秋まで連載でコラムを書かせてもらっていたサイトが、先日見ようとしたら、アクセスできなくなっていた。もともと紙の雑誌だったものが、Webに場を移して半年ほど続き、昨年秋にはその更新も終了していた。だから、いつ消えたとしても不思議ではなかったのだが、その媒体の編集長が退社する際に「多分3月いっぱいくらいは残っているはず」と言い残していたので、それまでは大丈夫だろうと高を括っていたのだ。
私は自分の関わった仕事については、できるだけ成果物を残しておきたいと思っている。従ってWeb媒体での連載についても、データがサーバ上から削除される前に「自分の記事が掲載された状態」のhtmlファイルを、ローカルのハードディスクに保存しておきたかった。ちょうどその作業をしようと思って見に行ったところだったので、一足遅かったかと、かなりがっかりしたのだった。
インターネット上のサイトやさまざまなコンテンツは、油断しているうちに、いつの間にか消えてしまっていることがある。
かつて私は、今で言うコンテンツのネット配信が普及すれば、家庭で番組をビデオ録画する習慣は不要になる、と書いたことがあった(*1)。続けて「そんな風にしてデータを自分の手元に保存する必要自体がなくなるのだ」とも述べた。だが、それから10年近く経って、最近やっと自分の間違いに気づいた。その人の求めるデータが、いつでも入手可能な形で、いつまでも提供され続けるという保証があれば別だが、そうではあり得ない以上、データを自分の手元に保持しようとする必要性も習慣も、なくなるはずがなかったのだ。
ところで、その後もあきらめきれない思いでそのサイト(*2)を表示させようとしていたら、数日後にあっさりと元に戻っていた。何かのトラブルで2日ほど見えなくなっていただけのようだ。一安心すると同時に、早速データを手元に保存したことは言うまでもない。
*1 小笠原陽介「マルチメディアについて考えよう(6)」ソフトバンク刊“THE WINDOWS”1995年9月号「ユーザーインターフェイス研究室」
http://www.tsp.ne.jp/~oga/w950900y.html
*2 ソフトバンク パブリッシング“JAVA Developer”
http://www.javadeveloper.jp/
■著者略歴
小笠原 陽介 (おがさわら ようすけ)
理系のココロを文系のコトバで語るフリーライター兼コラムニスト、時々ジャーナリスト。ITによる人間と社会の変容に問題関心を持ち、独特の視点から発言を続ける。
主な著書:『PC-98パワーアップ道場』1998,ソフトバンク
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