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■ ジレンマに関するゲームデザイン

 先にあげた「棘を飛び越える」という例で具体的に考えてみます。棘が目の前にあって、その時に、普通に移動するか、Bボタン+右キーなのか、右上キーなのか、どう操作する? っていう数々の選択肢がプレイヤーには与えられています。

 このとき、この生命にライフというパラメータが仮にあって、棘に当たるとライフが減ってしまうと、ジレンマは際立ちます。

 ライフが減らないよう進むという目的を生み出すと、プレイヤーの選択の中に正解・不正解が生まれ、ジレンマを強烈に意識することになります。

 さらにジレンマを強く意識させたいのなら、目的地も設定します。たとえば、右へ進むべし、と。そのために、悪いヤツに姫様をさらってもらって、右へ逃げてもらいましょう。

 こうすることによって、ジレンマがくっきりと際立ってきます。これで、ルールを分かりやすいものにして、インタラクションを快適にすると、古典的なテレビゲームができてきます(たとえば、「スーパーマリオブラザーズ」を思い出してください)。

 でも、「草原さん」には、明確な目的は設定されていません。ジレンマが際立たないようにデザインされています。

 でも、ジレンマは存在するのです。

 棘の前にもにゃもにゃがいます。「Bボタンを押しながら右押し」で、ぐりんと小さなジャンプの奇妙なでんぐり返り、棘を飛び越えます。だけどこの時、ただの「右押し」で歩いて移動しようとすると、棘に当たって、「ひーっ」って進行方向とは逆に飛び下がります。

 ここには、「操作失敗で残機が1つ減る」といった強烈なペナルティは存在しません。

 「プレイヤーが右へ移動したいと思う。その想像が実現しなかった」といった、主観的なペナルティだけが存在します。思った通りに行動できなくて、ちょっとした不自由を感じる。その程度のペナルティです。この主観的なペナルティを乗り越えて、プレイヤーは自由に操作するルールを憶えていきます。

 ゲーム側から目的は明示されません。

 でも、

“何もかもが慣れるまでものすごい(操作上の)困難を伴う”
と感じた瞬間に、プレイヤーは目的を手に入れます。この操作に慣れて、自由に動きたい、と。

 これは、「どちらが面白いゲームか」という問題ではなく、タイプやバランスの問題です。

 ジレンマについてのゲームデザインをシンプルに2つに分類してみましょう。

 1)明確に目的を示し、ジレンマを際立たせるというタイプ。
 2)目的はプレイヤーに任せて、ジレンマを主観にゆだねるタイプ。

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