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米光一成&荻原貴明「ゲームデザイン研究所」

第5回:ゲームの神様と もてなすルール

2006年8月3日


 「ルイージ主義」まとめ:インタラクティブ
 

 これまで、ゲームの本質は、「ルール」「インタラクティブ」「ジレンマ」の3つである。ということについて考えてきた。
 一度、まとめておこう。

■「ルール」「インタラクティブ」「ジレンマ」の頭の文字を取って「ルイージ主義」と呼ぶ

 まずは、インタラクティブについて。
 「プレイヤー側とゲーム側、双方から仕掛けて、双方から反応が返ってくる2方向のやりとり」を「インタラクティブ」と定義する。
 具体的に考えてみよう。
 プレイヤーが、ボタンを押すことで、キャラクターがジャンプする。
 これは、プレイヤー側がボタンを押すと、ゲームキャラクターがジャンプするという仕組みだ。
 「プレイヤー側がボタンを押す」ことを、「プレイヤー側からゲーム側に仕掛けるアクション」と呼ぶことにする。そして、「ゲームキャラクターがジャンプする」ことを「プレイヤーに対するゲーム側のリアクション」と呼ぶことにする。
 このままでは、まだアクションとリアクションだ。
 スイッチを押すと、灯りがつく。
 リモコンのボタンを押すと、チャンネルが変わる。
 これらも「プレイヤー側から仕掛けるアクション」と「プレイヤーに対するリアクション」の2要素から成る1つの仕組みで、まだインタラクティブと呼べるものではない。
 そこで、次に。
 「ゲーム側が、プレイヤーの状態を見て、何かを仕掛けてくる」段階を考えてみる。もちろん現在のコンピュータは、自ら思考して、プレイヤー側に何かを仕掛けるという意志を持っているわけじゃない。
 プログラム通りに実行することで、ゲーム側が、プレイヤー側に何かを仕掛けているように思わせるというだけだ。
 逆に言えば、そのように思わせることそのものがゲームデザインであると言えるだろう。
 「ゲーム側が、プレイヤーの状態を見て、何かを仕掛けてくる」段階とは、どのようなことか?
 ここでも具体例で考えてみよう。
 プレイヤーキャラクタの位置を見て、敵キャラクタが、そこへ向かって弾を撃ってくる。
 これは、ゲーム側が、プレイヤーキャラクタの位置を見て、敵キャラクタに弾を出させるという仕組みだ。
 「ゲーム側が弾を撃つ」ことを、「ゲーム側からプレイヤーに仕掛けるアクション」と呼ぶことにする。そして、弾が接近している様子を見て、プレイヤーがキー入力などのアクションで、弾を回避する、そのことを「プレイヤー側のゲームに対するリアクション」と呼ぶことにする。

■インタラクションのループ

 これは、スイッチで灯りがつくことや、リモコンでチャンネルが変わることがインタラクティブではなくて、単なるリアクションであることの説明につながる。
 スイッチやリモコンは、プレイヤー側からのアクション、そしてプレイヤーに対するリアクション(つまり表のAライン)は存在するが、逆向きの構造(表のBライン)は存在しない。
 スイッチやリモコン側から、プレイヤーにリアクションを求める行動を仕掛けることはない。
 ここで重要なのは、「Aライン」のみの一方向しか存在しないときは単発の行動しか生み出さなかったのだが、「Aライン」と「Bライン」の二方向が存在することによって、それがお互いのやりとりとなり、ループとして繰り返されることが可能になったことだ。
 このループこそが、「インタラクティブな楽しさ」だ。

 以上が、「インタラクティブな楽しさ」についての概要だ。これは、おそらく「対話の楽しさ」といった根元的な楽しみに結びつく。自分が他者と出会い、お互いが変わっていくという楽しさだ。


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