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■  ゲームエンジンによるBtoB事業を確立させた業界ネットワーク

中村:『Unreal』はその後『Unreal Tournament』などネットワークFPSに特化していったのですが、同時に『Unreal Engine』も商品という位置づけを最初から明確にしていったという印象をうけるのですが?

ティム:これにはジェイ・ウィルバーの助けがあったんです。91年に僕が『ZZT』(ティムが開発した最初のゲーム)を開発したとき、そのディストリビューションを手伝ってくれたのがソフトディスクという会社だったんですが、ジェイはそこの社員でした。そのとき彼と親しくなって、その後定期的に連絡をとりあったりしたんです。その後、彼は、idソフトウェア(『Doom』シリーズなどの開発スタジオ)のビジネスマネージャになったんですが、当時の人気もあって、ものすごく激務だったんです。それで家族を持ってから特に彼はここまで仕事づけになることに懸念を感じ、idから離れました。だからまずは、パートタイムのコンサルタントとして彼を雇うことにしたんです。当初僕たちは自社開発のエンジンを販売しようとは考えてはいなかった。でも、スクリーンショットをホームページに公開したら複数の企業からアプローチがあって僕たちの技術をライセンスしてほしい、と言ってきたんです。だからもともと僕たちが何かを考えていたというよりはチャンスが向こうから舞い込んできたという感じですね。ジェイはもともとidのビジネス全般を見ていたから、エンジンライセンスでは本当に助かりました。彼が正社員となってからはエンジンビジネスに対しかなり真剣に取り組んでいくようになったんです。

中村:いまでは、3Dエンジンとして非常に多くの顧客をもたれていますね。

ティム:組織でエンジン部門とゲーム部門を完全に独立させてからはエンジンチームとゲームチームが互いに密接なフィードバックを与えつつ商品開発を進めているんです。私たちとしてはこれが重要だと思っています。ミドルウェアのみを専門に開発すると現場が何を求めているかわからなくなってしまうと思いますからね。Unreal Engineはもともと独立したビジネスということを念頭に入れていませんでした。それでも数多くの企業がエンジンをライセンスしてもらいたいということでライセンスビジネスを進めたわけですけど、やはり、ゲームとエンジンが分離しきれなかったという感じでした。そこでUnreal Engine2以降はゲームとエンジンを明確に分離させました。ただしそのときの焦点は、PCゲームでした。たしかに、僕たちのエンジンはXboxやPS2用ゲームでも活用されました。でもあれはあくまでもポーティングをおこなうことで可能となりました。つまり最初のPC用ゲームを開発し、それを他のプラットホーム向けに調整をかけるということです。 UnrealEngine3は開発当初からコンソール機向けのミドルウェアを前提に考えてきました。

中村:その他、組織の成長で重要な役割を果たした方はどなたでしょう?

ティム:マイケル・キャップ(Michael V. Capps)博士です。陸軍からの依頼で海軍大学院のMOVIE研究所がUnreal Engineを使って『America’s Army』の開発を進めているときに出会ったんです。彼はそのプロジェクトのクレエイティブ・ディレクターでした。後にScion Studiosを立ち上げ、『Unreal Championship2』などの開発もしたんですけど現在はEpicの社長となっています。本当に彼がEpicに入ってくれてうれしいと思っていますよ。

中村:いまは、アウトソーシングにも力を入れているように見えますが、中国現地の開発者はいかがでしょうか?

ティム:非常に優秀ですね、かつコスト的にも安い。もともとUBIソフトをはじめ様々な一流企業で経験を積んでからうちに来たので、すでに欧米向けコンテンツの開発経験が長かったんです。ですので、一般的な現地のクリエイターのみだったら、非常に困難だったかもしれません。

中村:でも一年強で即戦力として使うのは難しいのでは?

ティム:たしかにそうかもしれません。ですので、今回アウトソーシングしているのはゲームデザインとして最初からあまり縛りがすくない『Unreal Tournament2007』なんです。これだったら多少のブレは関係ないですからね。もともと世界観がゲームのすべてというわけではないので。ただ、『Gears of War』は話が別です。あれはコンセプトがもっとも重要ですから。だから、あのようなストーリー、設定重視のゲームはアウトソーシングは難しいと、当初からアウトソーシングはしなかったんです。中国でのマネジメントが良好である1つの理由としてあげられるのは、開発者が心地よくゲームをつくれるような配慮をしているということです。飲み物やお菓子は常備して無料で食べてもいいようにする、とかですね。やっぱり働く環境はすごく重要だと思うんです。



   以上、ティム自らが語ったEpic社発展の軌跡だが、今回のインタビューであらためて実感できたのは、Epic、そして『UnrealEngine』シリーズの発展に重要だったのは、ゲームに対する情熱に加え、チーム内の各人員をいかに活用しながらモチベーションを維持、向上させていくか、ということにあるようだ。それぞれの強みを生かす職能別権限分離の体制をオリジナルの『Unreal』開発時代からすでに確立していた、ということからはじまり、現在の上海スタジオ設立後も現地スタッフができる業務を想定して作業分担をしていく姿勢など事業展開の規模は違っても、企業としての価値観と戦略は共に一貫している。これらは、一見、組織を回していく上で当たり前のように見えることかもしれないが、変化の激しいゲーム開発の現場においては非常に難しい。

   このようなある意味、組織としての「一般常識」を供え持ち、かつ技術変化への対応力を持ち合わせるEpicが、次世代の荒波の中でいかに頭角を現すのか興味深いところだ。


●ゲーム情報:Slash Games
●ゲームコンテンツ情報:RBB NAViゲーム

■著者紹介

安井 勉(やすいつとむ)
 ゲーム雑誌の編集アルバイトとしてスタートしたライターとしてのキャリアも、今年で19年目。ゲーム攻略、プログラミング、ビジネスアプリケーション解説書など、共著も含めて40冊を著した(すべて絶版)。ネットワークゲームの攻略に関わり始めて6年、隅田川の辺に事務所を構え、昼夜を問わずにゲーム三昧の日々を送る 。

杉山 淳一(すぎやま じゅんいち)
 株式会社アスキーにてコンピュータ雑誌・PCゲーム雑誌の広告営業を担当したのち、1996年からフリーライターに転進。現在の執筆活動はオンラインソフトとネットワーク対戦ゲーム、コンピュータ関連の広告制作物が中心。技術的なテーマよりも、一般消費者に近いマーケティングの動向に関心をもつ。“仕事で学び、それを次の仕事に活かす”を繰り返す日々である。

HOUKOU
 RTS、特に『Age of Empires』シリーズをこよなく愛するロートルゲーマー。プレイヤー歴としては、一応、ベテランの域か。トーナメント等に出場すると、後一歩でよく負ける勝負弱さが特徴。2003年には東京ゲームショウで行われた、World Cyber Games 2003日本予選『Age of Mythology』部門決勝での解説者を務めた事も。執筆者としては、雑誌で記事を書いた事もあるが、まだまだ素人。

中村彰憲(なかむら あきのり)
 1988年のアメリカ留学時、米国版ファミコンであるNESでホストブラザーと 「ロックマン」をプレイしたり、メキシコでスペイン語がわからないまま「グラディウス」を現地の人たちとプレイしながら日本のゲームが世界中のティーンに多大な影響を与えているのを目の当たりにした、立命館大学助教授。最近の著作物、論文として、「中国オンラインゲームの隆盛に見るビジネス・アーキテクチャ形成に関する一考察」(赤門マネジメントレビュー4巻5号)、「海外ゲーム市場の動向(中国、インド、ロシア)」(ファミ通ゲーム白書2005)、単著としては「中国ゲームビジネス徹底研究2005」、翻訳監修として「2004 Game Market Study in China」等がある。

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