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3月☆日
<初体験&若者たち> |
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忘れもしません。
あれは、芸能プロダクション兼音楽制作会社で働いていた頃のこと。
3歳年下&1歳年上のマネージャーさんと、新入社員の女の子の4人で一緒にお昼ご飯を食べに行き、「初めて買ったレコードって何?(ま、音楽関係の会社だったんで)」という話になったことがありました。
それぞれ「えーっと、光GENJI(笑)」「私なんか横浜銀蝿だよ!」「うひゃー、私、清水健太郎(←これ私)!」ってなことを言い合い盛り上がったのですが、新人Aは笑っているだけで、答えようとしませんでした。
で、一番年上のマネージャーさんが「Aちゃん(←業界ノリのちゃん付け)」は何なの?」
と促したところ……。
彼女は無邪気にこう言った。
「ええとー、っていうかー、私レコード買ったことないです。最初に音楽買ったときは、もうCDだったので」
そのときの衝撃たるやもう!
「いや、そういう話じゃないんだけどさ」とか「っつーか、光GENJIと銀蝿とシミケンって、大丈夫なのかこの会社」とか「そんなセンスで音楽業界で働いていいのかオレたち」的なツッコミさえ忘れるほどに、あの時は深く深くふかーく驚いたですよ。
そして今日、私は新連載の打合せで某誌の担当さんに、中継役になる編プロのBさんを紹介されたのでありますが。
そこで前回ここでも書いた、高田純次先生の素晴らしさを私と担当さんが激しく語り合い、「ジュンジー(勝手な呼称)って、初代ブラックデビルでしたよねぇ」「そうそう! 病気で休んでさんまに代わっちゃったんでしょ? その間の悪さも素敵だよねぇジュンジー!」と、うひゃうひゃ笑っていたら!
なーんと、編プロのBさんは「ブラックデビル」どころか、「タケちゃんマン」も知らないと言うではないですかっっ!
聞けば専門学校卒で、彼女は1983年生まれなんだとか。仕事の話そっちのけで、いろいろリサーチしてみたら、「ひょうきん族」はかろうじて記憶にあるけど、習慣的に見てたわけでもなく、内容まではよく知らないそうで。
呆然としつつ、帰って来て、ここで調べてみたら、ひょうきん族が終ったのは1989年の秋。Bさんはまだ幼稚園児だったわけですよ。しかも、後期はタケちゃんマンやってなかったみたいだし。そりゃ知らなくても無理はないわけで……。
でも、みなさーん! 他人事ではないのですっ!
この4月から入社してくる大卒の新人さんは、早生まれだとこのBさんと同じ83年生まれなんですよ!
私たちはもう、タケちゃんマンを知らない世代と共に働いていかなくてはいかんのですよ! ……って、なんでそんなにタケちゃんマンを知らないことが重要なのかは、自分でもよくわからないんだけど。
でもショックだったの。何かとっても。
そういえば先週は、榊原郁恵のデビュー曲のことを原稿に書いて、その話をしたとき、10歳年下の編集さんに「榊原郁恵って歌唄ってたんすか!」って驚かれたこともあったっけ。なぜか頭の中にひらりひらりと枯れ葉が散っていく情景を思い浮かべながら、いろいろ気をつけなくちゃなぁ、としみじみしたのでありました。
以上、今週の私のショック話。深いんだか浅いんだか……って浅いよ! 膝ぐらい?
※ と思っていたら、数日後、さらにショックな出来事が。うわーん! <続く>
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