【テクニカルレポート】米国におけるクラウドコンピューティング事情と適用範囲への一考察(前編)……ユニシス技報 | RBB TODAY
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【テクニカルレポート】米国におけるクラウドコンピューティング事情と適用範囲への一考察(前編)……ユニシス技報

エンタープライズ ソフトウェア・サービス
表1:NISTによるクラウドコンピューティングの定義
  • 表1:NISTによるクラウドコンピューティングの定義
  • 表2:クラウドコンピューティング分野における主な標準化団体の一覧
■要約
 日本ユニシスグループは米国シリコンバレー地域に拠点を置き、米国での技術・ビジネス動向の調査活動を行っている。なかでもクラウドコンピューティング分野には注力している。本稿では2010年1月における米国のクラウドコンピューティング事情をまとめ、パブリッククラウドを利用した際のシステム導入プロセスが従来のエンタープライズの導入プロセスと異なるために顕在化する不安要素があることを明らかにした。また、不安要素の解決のために必要である項目を提示し、今後エンタープライズにおけるクラウドコンピューティングの導入促進を示唆した。

1. はじめに

 2008 年から、「クラウドコンピューティング」という言葉がメディア等を介し広がっている。クラウドコンピューティングによりユーザはインターネット上のどこかに存在するコンピュータリソースを活用することで、自社にコンピュータを所有することなく、大手企業が提供する潤沢なリソースを利用することが可能になる。この所有から利用へという新しいパラダイムは、ICT に携わる人間だけでなく、メディアや政府にまでも影響を与えている。この流れは米国のみならず、日本を始めとする他の国にまで作用を及ぼしており、関心がもたれる分野の一つである。

 クラウドコンピューティングという言葉に明確な定義はなく、提供者やユーザにとって認識は異なる。マーケティングキーワードやコスト削減の代名詞、として既存技術や製品をリメイクしている企業も多く、誇大な状況をバズワード(中身がない騒ぎ言葉)として表現するユーザも多い。しかしながら、Amazon、Google といったインターネット企業を筆頭に始まったクラウドコンピューティングの波は、Microsoft、IBM、HP、VMware、Cisco Systems といった大手ベンダを同分野のビジネスに参入させており、日夜取り組みが発表されている。

 本稿では、日本ユニシスグループが米国にてリサーチを行った該分野の内容に基づき、クラウドコンピューティングインフラの技術的な要素および特徴を洗い出し、2010 年1 月時点でのクラウドコンピューティングの課題を挙げると共に、今後のエンタープライズでのクラウドコンピューティング利用に関する考察を行った。なお、本稿におけるクラウドコンピューティングとは、CPU、ストレージ、メモリなどのコンピューティングリソースを提供するシステムとして着目し、他の分野(SaaS、PaaS)は対象外としている。

2. 米国におけるクラウドコンピューティング事情

 この章では、クラウドコンピューティングを取り巻く周辺情報の整理を行い、利用によるメリットを明らかにする。

2.1 クラウドコンピューティングの現状

 クラウドコンピューティングの定義は、米国においても広く受け入れられているものがなく、各人が様々な表現により説明を試みている。クラウドコンピューティングという言葉が指し示す領域は、コンピューティングリソースの貸し出しなどのサービスから、製品としてのミドルウェア、アプリケーション、ハードウェアなど多岐にわたる。さらに、クラウドコンピューティングを利用したサービスを提供する事業者が数多く存在しており、各事業者が提唱するクラウドビジネスのバリエーションの豊かさが、ユーザへ過剰な期待や混乱を与える原因の一つとなっている。

 米国政府はクラウドコンピューティングを米国市場再生のための巨大なエコシステムと位置づけており、クラウドコンピューティングの採用に積極的な姿勢を見せている。たとえばIT資源の利用コストや調達の複雑性を排除する政策の一つとして“Federal Cloud”と呼ばれる取り組みを発表している。また各省庁や中小企業の利用を促進するために、クラウドストアフロントというポータルサイトの開設を計画している。

 アメリカ国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology)(以下、NIST)では、クラウドコンピューティングにおける標準化を促進するために、ロードマップの作成と要件の洗い出しを行なった、また標準化について討議するための用語集を作成することを目標に、2009 年6 月にクラウドコンピューティングの定義を発表した。NIST はその後も定義を定期的にアップデートしている。2009 年10 月に発表されたNIST 定義(v15)の日本語訳を表1 に記す。また、クラウドコンピューティングに関して多くの標準化団体が立ち上がっており、各クラウドの相互接続性や、セキュリティ、運用といった個別の議論が進められている(表2)。

2.2 運用形態によるクラウドコンピューティングの分類

 クラウドコンピューティングは、運用形態によってパブリッククラウド、プライベートクラウド、バーチャルプライベートクラウドの3 種類に分類できる。本節では、それぞれのクラウドコンピューティングの特徴を、前節で示したNIST の定義に沿って整理する。

2.2.1. パブリッククラウド

 本稿では、インターネットサービスを提供する事業者が仮想化や分散処理などの技術を利用して構築・提供するインフラをパブリッククラウドと呼ぶ。システム構築および運用は外部の事業者が責任範囲として担当するため、利用者は、定常的な運用を事業者に委託することができ、低コストで高い効果が望める。パブリッククラウドの代表的なサービス事業者には、Amazon やMicrosoft、GoGRID、RackSpace などがある。本項では、Amazon が提供するAmazon Web Services(以下AWS)をNIST 定義に当てはめ、特徴を整理する。

ア)オンデマンドセルフサービス

 AWS では、Amazon が所有する潤沢なコンピューティングリソースをインターネット上のサービスとして安価な金額で即時に利用することが可能である。利用者はサービス利用開始に当たって、利用するリソースの種類やOS 選択などの必要な情報をGUI から入力することで、自社にリソースを用意することなく即時にAmazon が用意したコンピューティングリソースを利用することが可能となる。AWS に障害が発生した際には、ユーザ企業側においてはエンドユーザへの周知を行うことは必要だが、障害そのものへの対応は不要である。AWS 側において障害箇所の特定、対策の策定と実行、などの運用対応を行うこととなる。

イ)ブロードネットワークアクセス

 AWS において提供されるコンピューティングリソースは、インターネットを介してアクセスすることが可能である。AWS における各種サービスにはHTTP 上のREST プロトコルおよびSOAP プロトコルを使用してアクセスできるため、AWS の各種サービスを利用して稼働するシステムは、インターネットにアクセスできる端末を利用して操作・閲覧ができる。

ウ)リソースプーリング

 AWS において提供されるコンピューティングリソースは、ユーザからの要求に応じて即時に割り当てできるよう、予め大量に用意されている。AWS のユーザは、コンピューティングリソースをインスタンスと呼ばれる単位で管理可能であり、要求に応じて割り当てるよう事前に準備しておくことが可能である。インスタンスの割当・起動・停止などの操作は管理画面やAPI を利用することで必要に応じていつでも行うことができる。AWS における各リソースは、ユーザアカウントごとに論理的に分割して割り当てられており、ユーザ毎に割り当てられるリソースに対し、不特定多数の利用者が同時に各種管理操作を行うことが可能である。

エ)迅速な拡張性

 AWS においては稼働に必要なコンピューティングリソースを負荷に応じて自動的に拡張および縮小するために、稼働中のシステム負荷が高まると、新たにインスタンスを起動するように設定するAuto Scaling や、稼働中の仮想マシンの負荷分散を自動的に行うElastic Load Balancing 等のサービスが用意されている。利用者はサービスを利用することで、稼働中のシステムに対して集中的なアクセスが発生した場合にも特別な作業を行うことなく、柔軟なスケーラビリティを享受することができる。

オ)測定サービス

 AWS では、利用者がコンピューティングリソースを容易に管理できるようにAWS Management Console と呼ばれる独自の運用管理ツールを提供している。AWS Management Console では、稼働中のインスタンスの状態監視を行うことができる。さらに各インスタンスのCPU 稼働率、ディスクI/O、ネットワーク帯域の使用量をWeb ブラウザで閲覧することができる。AWS では、利用者はAmazon が保持する機器全てを管理する必要がなくなり、複雑なシステムの運用・監視・管理を提供者にアウトソースすることができる。ハードウェア障害の際には、外部の事業者が障害箇所の特定や修復、ハードウェア交換などを実施するため、ユーザは継続してシステムを利用することが可能である。

2.2.2. プライベートクラウド

 本稿においては、自社内または自社が保有するデータセンター内に仮想化製品や運用の自動化ツールを用いて動的な構成変更を実現するシステム基盤のことをプライベートクラウドと呼ぶ。システム構築や運用はシステムの利用を企画した企業が担当する。パブリッククラウドに比べてシステムを構成する個々のコンポーネントの詳細、状況を把握しやすく、各企業において必要なセキュリティポリシーやコンプライアンスへ丁寧に対応することが可能である。しかし、多岐にわたるアプリケーション、サービスを実現するためにさまざまな種類のコンピューティングリソースを自社で運用・管理するため、システム基盤の構成や運用プロセスが複雑になる傾向が強い。プライベートクラウドを実現するためのコンポーネントの多くを提供する事業者にはIBM、HP、VMware、Cisco Systems などがある。

 本項では、プライベートクラウドを実現するキーコンポーネントとしてVMware が提供するサーバ仮想化製品vSphere に注目し、これを利用したプライベートクラウドの特徴をNIST定義に沿って整理する。

ア)オンデマンドセルフサービス

 コンピューティングリソースを仮想マシンという単位で利用することができる。仮想マシンは一つのデータとしてシステムの実行環境が作成されるため、コピーやバックアップ等を簡単に行うことができる。また、利用者は仮想マシンを事前に準備しておくことで、必要な時に即時に利用することが可能となる。プライベートクラウドの場合には自社内にインフラを構築するため、自社で定めるワークフローにあわせて必要な時にコンピューティングリソースの利用開始、終了などの手順を定めることが可能である。コンピューティングリソースに障害が発生した場合には、企業内の運用管理担当者、あるいはアウトソースした運用管理担当者が障害箇所を特定し、対策を施す必要がある。

イ)ブロードネットワークアクセス

 社内の閉じたネットワーク環境に構築されるため、社内ネットワークにアクセス可能な範囲においてのみプライベートクラウド環境へのアクセスが可能となり、パブリッククラウドに比べるとアクセス可能な環境に制限があるといえる。企業の外部からアクセスが必要な場合には、VPN や専用線などを用いて、システムのセキュリティ要件に配慮した通信環境を用意する必要がある。プライベートクラウドにアクセスする端末の種類(PC、ケータイ、PDA 等)については、利用者が必要とする要件とアプリケーション側で対応可能な要件に応じて利用可否が決定される。

ウ)リソースプーリング

 企業内に分散されたコンピューティングリソースを集中化し、柔軟な運用が可能になる。運用担当者は、ユーザやアプリケーション企画担当者のリクエストに応じて、用意したインフラのコンピューティングリソースの範囲内で自由に仮想マシンを割り当てることが可能である。vSphere 上で稼働する各仮想マシンは、論理的に分割されており、互いに干渉することがない。このため、業務システムの稼働や、開発・テストでの利用など、様々な用途で仮想マシンを稼働させることが可能である。

エ)迅速な拡張性

 仮想マシンとその稼働のために必要なハードウェア群がvSphere により分離されているため、コンピューティングリソースのスケールアウトが容易に実現できる。また、稼働中のシステムに対してより多くのコンピューティングリソースが必要な場合には、動的にリソースを割り当てる機能(VMwareDRS)を利用することで、自動的にリソースの拡張を実現することができる。また、vSphere の管理画面より、仮想マシンに割り当てられているCPU数やメモリ容量を手動で増やすことも可能である。

オ)測定サービス

 構築したシステムを運用管理するvCenter を用いることで、企業内の運用管理担当者、あるいはアウトソースした運用管理担当者によって仮想マシンのリソース状況のモニタリングが可能となる。しかしvCenter では、仮想化されたリソースの管理は可能だが物理的なリソースを管理することはできない。このため、ネットワークやストレージなど物理的なコンポーネントをモニタリングすることができる運用管理ツールと組み合わせ、より効率的にコンピューティングリソースの監視・管理を行うことが必要となる。

2.2.3. バーチャルプライベートクラウド

 パブリッククラウドでは、利用する不特定多数のユーザが同じインフラにアクセスすることになり、ブラックボックス化したシステムに対して、セキュリティやコンプライアンスの点で不安を抱えるユーザも多い。こうした問題に対応するため、クラウドコンピューティング上のシステムを特定ユーザに対して個別に分割し、インターネットVPN 等で相互接続するサービスが提供されている。このサービスを本稿ではバーチャルプライベートクラウドと呼ぶ。自社内で構築するプライベートクラウドに比べ、設備投資や運用コスト面で企業ユーザにとってメリットがあると考えられている。バーチャルプライベートクラウドでは、利用者は外部のリソースを利用し運用のアウトソースを行うため、パブリッククラウドと特徴が類似する傾向にある。代表的なサービス事業者に、Amazon、SAVVIS、Terremark、OpSource などがある。


■執筆者紹介(敬称略)

・田中 克弥(Katsuya Tanaka)

 2003 年ユニアデックス(株)入社。企業内VOIP システム構築に携わった後,Wi-Fi 機能を備えたケータイ電話向けWEB アプリケーション開発およびミドルウェア開発を経て、サーバ仮想化技術基盤の事業企画を担当。2009 年3 月より米国シリコンバレーにて米国のICT 動向に関する調査・分析活動に従事している。

※同記事は日本ユニシスの発行する「ユニシス技報」の転載記事である。
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