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【日立評論】東海道新幹線デジタル列車無線の開発と導入

2010年3月14日(日) 01時31分
【図1】デジタルLCX方式列車無線システム構成。システムは地上設備と車上設備によって構成され、鉄道事業用の業務系と車内インターネット接続用の旅客系に完全分離した。の画像
【図1】デジタルLCX方式列車無線システム構成。システムは地上設備と車上設備によって構成され、鉄道事業用の業務系と車内インターネット接続用の旅客系に完全分離した。
【表1】現行方式とデジタルLCX方式の機能比較。デジタルLCX方式はデータ系のアプリケーション機能を強化することができる。の画像
【表1】現行方式とデジタルLCX方式の機能比較。デジタルLCX方式はデータ系のアプリケーション機能を強化することができる。
【図2】モバイルネットワーク。移動体通信で使用されるモバイルネットワークの概念を示す。の画像
【図2】モバイルネットワーク。移動体通信で使用されるモバイルネットワークの概念を示す。
【図3】前方転送。新幹線の移動に合わせ、進行方向の基地局にもデータ転送(データの前方転送)を行う技術である。の画像
【図3】前方転送。新幹線の移動に合わせ、進行方向の基地局にもデータ転送(データの前方転送)を行う技術である。
東海道新幹線は、日本の大動脈輸送を担っており、安全・安定輸送の確保を最優先に、いっそうの旅客サービス向上に努めている。この東海道新幹線の列車無線設備は、1989年にLCX方式への更新が行われたが、設備の老朽化に伴い、新たな設備更新を行う時期となった。更新に際しては、業務アプリケーション機能、および旅客サービスの向上を図るとともに自営伝送路の整備も併せて行うため、伝送容量と伝送品質の向上が期待できるデジタル方式を導入し、データ通信機能の強化を図った。新システムは2009年2月21日翌日にわたって切り替えを行った。また、2009年3月14日のダイヤ改正から、N700系車両では、列車無線を活用したインターネット接続サービスを開始し、順調に稼動している。

■1.はじめに

 新幹線列車無線は、乗務員と地上係員の間で直接通話を行う唯一の設備であり、運転保安設備として列車運行に欠かせない重要設備であるが、現在では列車無線にデータ伝送が導入されるのに伴い、車上機器の監視情報をリアルタイムで地上に伝送し、車両の運用・保守に活用することが可能となった。また、新聞社から配信される文字ニュースを車内のテロップに表示するサービスなども導入しており、旅客サービス設備としての位置づけも高まっている。

 ここでは、東海旅客鉄道株式会社の東海道新幹線デジタル列車無線システムの開発と導入について述べる。

■2.デジタル列車無線システムの概要

2.1 列車無線の変遷

 東海道新幹線の列車無線設備には、1964年の開業当初は空間波方式を採用した。空間波方式とは、山上などに設置した基地局と列車に搭載した移動局の間で無線通信を行う方式である。

 1989年には、設備更新を行いLCX方式が導入された。LCX方式とは、鉄道沿線にLCX(Leaky Coaxial Cable:漏洩(えい)同軸ケーブル)を布設し、移動局とLCXの間で無線通信を行う方式である。この方式は、(1)非常に接近した状態で無線通信を行うため、移動体通信特有のフェージング変動が少なく、回線が高品質かつ安定、(2)オーバーリーチによる隣接ゾーン干渉がほとんどないため、同一周波数の繰り返しが可能、(3)送信出力の小電力化が可能、などの特徴がある。

 そして今回、設備の老朽化に伴い、LCX方式のメリットを継承しつつ、最新のデジタル技術を活用したデジタルLCX方式(以下、デジタルLCX方式と記す。)に設備更新を行った。

2.2 列車無線のシステム構成

東海道新幹線列車無線は、地上設備と車上設備によって構成される。今回のシステム構成は、デジタル化更新前の機器配置を基本とし、業務系(鉄道事業者用)と車内インターネット接続に使用するための旅客系(電気通信事業者用)の設備の伝送路を完全分離した(図1参照)。

 地上設備は東京総合指令所、および第2総合指令所に設置される中央局、東京・静岡・名古屋・大阪の4拠点に設置される統制局、沿線を数十のエリア(ゾーン)に分割して設置する基地局、沿線に設置される中継機によって構成される。

 車上設備は新幹線車両に移動局が搭載されるが、それに加えN700系には車内インターネット接続用の機器も搭載されている。

 また、新幹線車両はアナログ仕様を継続する山陽区間に乗り入れることから、移動局はデジタル・アナログ両用設備とし、ソフトウェア無線機による切り替え方式とした。

2.3 導入したアプリケーション

 デジタルLCX方式では無線回線の完全デジタル化を行うが、これによりデータ系のアプリケーション機能の強化が可能となる。デジタルLCX方式、既存機能の強化のほか、新規機能として、運行状況指令伝達、3者通話、車内インターネット接続機能を導入した。

 車内インターネット接続方式は、無線LAN(Local AreaNetwork)を採用しており、現在使用されているほとんどの端末(PC・ゲーム機)が使用できる(表1参照)。

■3.データ通信技術

 音声系アプリケーションの制御方式は、運転保安設備としての確実性を確保するために回線交換方式を採用したが、データ系アプリケーションについては回線を効率的に使用するためIP(Internet Protocol)制御方式を採用した。列車無線においてIP制御方式を採用したのは国内初である。新幹線のような高速移動体通信におけるデータ通信技術では高速ハンドオーバが課題となるが、移動体通信で用いられるモバイルIP※)技術を高機能化することで実現した。具体的には、標準のモバイルIPに加え、独自開発した高速ハンドオーバ技術を付加することで、新幹線のような高速移動体通信におけるモバイルネットワークを実現した。

3.1 モバイルネットワーク

 新幹線車両は高速で走行するため、中央装置はどの基地局に列車が在線しているかを認識する必要があり、それを実現しているのが移動体通信で使用されるモバイルネットワークの技術である(図2参照)。

3.2 高速ハンドオーバ技術

 高速走行する新幹線車両では、無線エリア渡りにおけるハンドオーバ時間が通信品質の鍵となる。新幹線車両は270 km/hの速度で走行するため1秒間に75 m進む。このため、ハンドオーバをいかに早く行うかが技術的要件となる。

 東海道新幹線列車無線では、モバイルネットワークに加えてハンドオーバを高速に実現するミドルウェア「NX/AIRNET」を開発した。このミドルウェアには、無線エリア渡り時におけるパケット損失をいち早く検知し、高速再送する技術および、あらかじめ次に渡る基地局にもデータ転送(データの前方転送)しておき、標準のモバイルIPにおけるルーティングタイムラグ時間を補完する技術を導入している。特に後者のデータ前方転送技術は、新幹線のような高速移動体通信のモバイルネットワークにおいては必要な技術である。これらの、モバイルネットワーク技術およびミドルウェアにより、新幹線での高速ハンドオーバを実現した(図3参照)。

3.3 実効スループットの向上

 無線通信部は、チャネルと呼ばれる時分割したエリアを使用して通信する。無線通信部分のチャネルサイズを効率的に使用しないと無線部分にむだな空きが生じ、スループットの低下を招く。そのため、旅客系については、前述のミドルウェアにおいて、無線帯域を有効に使用するために、無線通信部分のチャネルサイズに合わせて、データを効率的に送ることができるデータ長に制御する仕組みを持たせた。

■4.ミドルウェア「NX/AIRNET」

 高速移動体向け高速ハンドオーバ技術を開発するうえでのコンセプトは、実績のある自律分散システム技術を高速移動体向けシステムに適用することにより、高い信頼性を確保しつつ、段階的なシステム拡張を容易にすることである。また、標準のモバイルIPの徹底活用とこれを補完・強化する技術により、今後のIP技術進展によるメリットを享受でき、また、今後のサービスにも追随できるように考慮した。

 高速移動体向け通信における課題をミドルウェア「NX/AIRNET」で解決している。その一例を以下に示す。

4.1 高速ハンドオーバと再送制御によるパケット救済

 標準のモバイルIPでは、ハンドオーバ時のパケット損失に対してはエンドツーエンドのシステム間のプロトコルによって救済をしなければならず、無線ネットワーク全体の帯域を圧迫するとともにスループットも低下する。

 この高速ハンドオーバの課題を克服するために、(1)NX/AIRNETは標準のモバイルIPを補完し、高速かつ効
率的な追跡処理、(2)無線エリア切り替えを検知し、自律的に地上局を切り替えるハンドオーバ処理、(3)ネットワーク切り替えを検知し、移動先のNX/AIRNETと連携することで、モバイルIPでのハンドオーバ完了までの過渡的な通信サービスのそれぞれを実現した。

 また、ハンドオーバ時のパケット損失については、(1)無線エリア間またぎ時のパケット損失、(2)ネットワーク間またぎ時のパケット損失、(3)無線品質劣化時(低レイヤで対応できない)のパケットエラーのそれぞれを救済することで、課題を克服した。

4.2 パケットの流量制御によるネットワーク帯域の高効率使用

 ネットワーク帯域を効率的に使用すること、特に、地上〜車上間の無線ネットワーク帯域を余分なパケットで圧迫することなく、効率よく使用することにより、高いネットワークスループットを確保することが重要となる。この課題に対して、二つのアプローチを採っている。一つ目は、無線装置とNX/AIRNET間で流量制御プロトコルを規定し、これに従って、データ種別ごとに、優先度に応じたパケットの流量制御を行っている。これにより、無線ネットワーク内でのパケットのあふれを防止するとともに、無線ネットワークを効率よく使用できるようにしている。

 また、二つ目はネットワーク機器が行うフラグメント(パケット分割)処理によって、ネットワークを流れるパケットの数が増加しないように、最大パケットサイズを調整している。

 具体的には、NX/AIRNETが、ネットワークを流れる特定のパケット内に設定されている最大パケットサイズに関する情報を常時監視し、ネットワーク機器において余分なフラグメントが発生しないように最大パケットサイズを動的に調整している。これにより、フラグメントで生じる新たなパケットが無線ネットワークに流れることがなくなり、ネットワークのスループットを向上させている。

■5.導入効果

 2009年2月21日翌日の東海道新幹線全線について、デジタルLCX方式に切り替えが行われ、東海道新幹線区間はデジタル化に移行した。文字ニュース、車両モニタ、列車動揺モニタ、列車無線モニタ、運行情報指令伝達などの業務系アプリケーションは、即日運用を開始した。

 また、2009年3月14日には、ダイヤ改正に合わせて東海道新幹線の東京〜新大阪の区間において、N700系車両内のインターネット接続サービスが開始され、一般乗客による新幹線車内からのインターネット接続が実現しており、平日の朝夕の時間帯を中心に多くの利用がある。また全線を通して常に安定した通信が実現できており、利用者から好評価を得ている。

 東海道新幹線列車無線の高速ハンドオーバ技術は、高速移動体通信の高品質、安定通信の基本技術となり得るものであり、将来、移動体を扱う各分野への適用も期待される。

■6.おわりに

 ここでは、東海旅客鉄道株式会社の東海道新幹線デジタル列車無線システムの開発と導入について述べた。

 今回の列車無線更新では、単に老朽取り替えを行うだけでなく、デジタル技術を導入し、各種の新規機能の導入を行った。これにより、さらなる運転保安の確保と旅客サービスの充実に資するものと期待している。運用開始以降、設備は順調に稼動しており、車内インターネット接続については、その快適性を多くの方に体感していただきたい。

 情報サービスに対するニーズは高速化と多様化に向かっており、伝送速度のさらなる高速化が今後の課題と考えている。東海道新幹線においては、より快適な車内空間を提供するため、引き続き情報サービスの充実に取り組んでいく所存である。

 最後に、列車無線更新および車内インターネット接続の実現にあたり、多くの関係者の方に多大なご指導とご支援をいただき、改めて深謝の意を表する次第である。

■執筆者

・杉山 博之
東海旅客鉄道株式会社 電気部 課長代理
・前野 博明
東海旅客鉄道株式会社 建設工事部 課長代理
・古田 武志
東海旅客鉄道株式会社 建設工事部 課長代理
・丸山 等
1991年日立製作所入社,社会・産業インフラシステム社 交通シス
テム事業部 輸送システム本部 輸送システム部 所属
現在,列車無線の取りまとめに従事
・丸山 久幸
1981年日立製作所入社,情報制御システム社 交通システム本部
交通システム設計部 所属
現在,列車無線の取りまとめに従事
技術士(電気電子)
・足達 芳昭
1978年日立製作所入社,情報制御システム社 情報制御ソリュー
ション本部 プラットフォーム開発部 所属
現在,制御サーバ・ネットワークのソフトウェア開発に従事
技術士(情報工学)

※同記事は日立製作所の発行する「日立評論」の転載記事である
《RBB TODAY》
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